勇気の苦悩
「鈴木……いいや、誠二だ」
勇気は自分の部屋へ戻り、苦しそうに鏡へ向かっていた。自分の姿を映し出す鏡に向かって、自分の中身と向き合っていたのだ。
彼は鏡に手をつき、感情を言葉にして吐き出す。
「あいつはあの鈴木誠二じゃない。……別なんだ。別。そう、別……」
悶々とした思いを吐き出すのだ。そうして、自分へ言い聞かせる。あの鈴木誠二は自分を不幸へ陥れた人間ではないと。その鈴木誠二は別。別人として扱うべきなのだと。
勇気の部屋は闇に包まれていた。外から夕陽の赤い光が差し込んでいるが、勇気の立っている場所には届いていない。
勇気はもう一度、鏡を見た。彼が映っている。疲れた様子で、妖館へ帰ってくる前までにあったことを忘れてしまっているかのような。
「……そうだ。太三郎さん達に知らせなくちゃ」
勇気は鏡の中の自分と向き合うのをやめ、しゃんと立つ。そうして、自分がするべきことを思い出したのだ。そうやって、かき消そうとする。自分の背負っているものを。
ただ、いつか降りかかるものだ。
コンコン
「む、入ってよいぞ」
応接間で太三郎と天翔が向き合っていると、ドアを叩く音が鳴る。それを聞くと、太三郎は入っていいと言ってドアの方へ視線を向けた。
するとすぐ、勇気が入ってくる。彼のことを目に止めると、太三郎は帰りが遅かったことをまず話題に上げる。
「お主、今日は帰ってくるのが遅かったの。何じゃ? 良い友達でも見つけて、遊んでおったか?」
「ああ、そうだ」
「いいことだな」
太三郎の問いに勇気が頷いて返すと、それを脇で聞いていた天翔は感心したようにうんと頷き、笑った。
その後で、ようやく勇気がどうしてこの部屋に来たのかという事を疑問に思い始める。天翔は勇気の方へ目を向けて問いかけた。
「それで、何の用だ? 別にその帰ってきたという報告だけをするためにここに来たわけではないだろ?」
「ああ。伝言を頼まれて」
「伝言? 誰にだ?」
勇気は本題に入る。伝言を伝えるのだ。
「多分、妖館の一員の人が、こう……フツヌシのことについて話し合いたいからいつもの場所に来てくれ、って」
勇気は伝言を伝える。すると、太三郎はそうかと了解を示す。
だが、天翔は違った。顔をしかめ、足を組み、少し不機嫌だという姿勢を取る。そうして、それを口にした。
「……そのことについては“俺”一人で何とかする。他の奴らが口を出すことじゃあない。太三郎も行かなくていい。俺一人で行こう」
「む……お主がそう言うのなら」
「え……でも、伝言を俺に伝えた人は二人で来てくれって」
「いいや、俺一人で行く。これだけは譲れん」
勇気の戸惑うのに対し、天翔は断固とした表情で返した。それを見た勇気は、自分の踏み込むようなことじゃないなと考え、距離を取る。
「そう……か。分かったよ。俺が口を出すことじゃないし、じゃあそういうことで」
「ああ。伝言、伝えてくれてありがとうな」
「いや、大丈夫だよ」
勇気は天翔の礼に、当然だからと首を振って示した。
「うむ……。あっそうじゃ。ウチに新入りが来とる。それと、ちと特殊なんじゃが……」
勇気が伝言の用事を済ませると、太三郎が誠二のことを思い出して声を上げる。新入りというのは彼しかいない。それに、少し特殊というのも彼だけだろう。
太三郎のその言葉を聞くと、勇気はそれを察して応じる。
「ああ、会ったよ。ここに来るまでに。記憶喪失の、鈴木誠二だよな」
「む? 会っておったか……。ならば何も伝えることはないか、の」
勇気が既に誠二とは会っていると伝えると、太三郎はそうかと言って応じた。そうして、話すことは何もないと言って煙管を口に咥える。
それを見た勇気は少し思考を巡らせた。
(太三郎さんと天翔さん、少なくともどっちかはあいつが自殺した人間だってことを知ってるはずだ。隠すつもり、か。さっきの話し方、考えてみたら運が良かったわけか)
勇気は先ほどまでの会話で太三郎と天翔が誠二、及び妖館の住人達に誠二が自殺者だという事を隠すつもりなのだと考えた。すると、さっきの誠二への罵倒はギリギリそこに触れていなかったために、運が良かったのかもしれない。
(確かに、誠二に今このことを伝えたらヤバいかもしれないよな。記憶喪失ってのは不安な状況のはずだ。涼達にも、話すとどっから漏れるか分からないし……余計なことは言わない方がいいか)
「ああ。じゃあ、戻っていいか? ちょっと疲れてるんだ」
勇気は思考を終え、自分のことを隠したままでいようと決心した。その後に、もう戻っていいかと問う。それに対し、太三郎と天翔はいいぞと二人そろって頷き、示した。
それを見ると、勇気は灰色の表情のまま館長室を出て行く。
勇気がいなくなってしばらく……太三郎が口を開く。
「あ奴、調子が悪いのかの」
どうやら勇気のことを話しているらしい。彼の顔色が悪かったのを目に止めたのだろう。彼が勇気のことを口にすると、天翔も同じようにそのことについて話す。
「そうだな。何か、相当ショックな事でもあったような表情だ」
「むぅ……なんじゃろうの」
「涼に告白して、フラれたとか? さっきはいい友達を見つけたと言っていたが、もしかしたら一人で泣いていたのかもな」
「……お主、頭の中がピンク色じゃのぉ」
「悪かったな」
「昔っから照とそろって儂とタマをいじるし」
「それは一生、やめる気はない」
「…………いつか仕返すからの」
深刻そうな話をするかと思われたが意外、二人は他愛のない話を始めるのだった。




