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再会

「ヤバい……ヤバいよぉ~」


「そんな緊張しなくていいよ。私の友達はいい人ばっかりだから」


 妖館の階段を下りながら、ララと誠二は少し言葉を交わす。どうやらまだ、誠二は緊張しているようだった。会おうと決心したとはいえ、流石に何のためらいもなくとはいかないという事だ。そんな彼を、ララは安心させようとしているのだった。


「それに、君はウチにいないタイプの人種だから」


「へ、へぇ……。でも、だからと言って……お世話になる訳だし」


「太三郎さんと天翔さんにお世話になってるのは私もその子達も同じだから。もう、そんな重く考えないで」


「む、むぅ……」


 ララの優しさを受け取っても、誠二は未だ冷や汗を浮かべたままだ。それを見たララは、もうこれはどうしようもないなぁと、諦めて息をつく。


 そうして、二人はエントランスに入る。食堂への入り口がエントランスにあるからだが……その時、玄関が開く音が聞こえる。ガチャンと、音がしたのだ。ララと誠二はおもむろにそちらへ目を向ける。


 玄関からは勇気が入ってきたのだ。それを見止めると、ララは声を上げる。


「あっ、お帰り~勇気」


「ん、ああ。ただ今、ララ。遅くなった……な」


 ララの声に対し、ただいまの礼を勇気は返した。そうしてそのままで続きの話をしようとした時、彼は誠二の姿を目に止める。妖館にいるはずのない人間の姿を目に止めたのだ。


 ただ、勇気にとっては他人が妖館の中にいる、というだけではなかった。彼にとってはそれだけではないのだ。それだけでは、なかったのだ。


 勇気はララの隣にいる人物に見覚えがあった。


「……お前」


 勇気はまるで卒業式の答辞を利用して告白したのに、それをつっぱねられたかのような表情をしている。恐れ、驚愕、これからどうしようという不安。そしてこれは例えと違うが……


「テメエ一体いったい何しに来やがったッ!!!!!」


 髪の毛が逆立つかのように見て取れる怒りだ。


 勇気はそれを持って、ララと誠二の立っている方向へと怒声を上げた。そうして、二人の方へと歩み寄っていく。肩をいからせて、本当に怒りそのモノという表情をして。


 そう。勇気にとって鈴木誠二とは、敵としてしか見れないような存在だったのだ。彼が夢に見た黒髪の少年。自殺した者達を集めた場所で心を聞いたとき、唯一彼に敵意を向けた者。勇気にいじめから助けられたが、逆恨みをした少年。それが、鈴木誠二。


 だが、そんな事情を知らないララ、そして記憶を失った誠二は訳も分からず立ち尽くしたままになってしまう。

 しかし勇気はそんなのには構わず誠二に掴みかかった。肩を掴み、顔を近づけ、怒鳴るのだ。


「お前、次はなんだ!? 俺から何を奪う! 何を邪魔しに来た!? またお前の全霊を賭して俺のことを不幸にしにかかるのか!!」


「え……あ……あえ、あ……」


 勇気の言葉に対し、誠二は何を返していいか分からず、口をパクパクとさせて何も言うことが出来ない。彼にとって、勇気は知らない人間。それに文句を言われても、どう反抗していいかさえ分からないのだ。


「ゆ、勇気?」


 ただ、脇で勇気が怒声を上げるのを見ていたララは彼に声をかける。不思議でならないという表情と、見たことのない勇気の一面を見て怖がる表情を交えて。


「ちょ、ちょっと勇気。何でこんな、急に……」


「ララ、お前は関係ない。ただ、こいつは人間の中で一番なんじゃないかっていうほどのクズなだけだ」


「は、はぁ……?」


 ララの問いに、勇気は誠二がどんな奴かを説明することで応えた。説明するというよりは、自分か彼をどう思っているかという事を口にして。

 ララはそれを聞いても納得することが出来ない。当然だ。前後関係がそれだけではよく分からない。そんなララに、勇気は自分の過去と共に誠二のことを口にした。


「こいつは俺がお前達に会うより前、俺が身を投げるより前に会った人間だ。こいつは人を不幸にすることしか考えていない化け物なんだ! 俺もそれをやられた! こいつに、絶望に陥れられた! こんな奴が……こんな奴が……お前達みたいに綺麗な奴らに触れていいわけがない!! 即刻、追い出すべきだ! いいや今すぐにでも殺すべきだ!!!」


「………………」


 そう言って、勇気は誠二をゴキブリでも見るかのような目……いや、それよりもっとひどいものを見つめる目で見た。まるで、戦争を見るような目。冷たく、それでいて譲らない目だ。

 それをもろに受けた誠二は涙目になって震えた。もとより通常の状態ではないのだ。不安定な状態だった。それに、この追い打ち。勇気の本気の叱咤。彼は肩を掴み、屈んで震える。


 ララはそれを見て怒った。単純に怒ったのだ。


「ちょっと! 誠二が傷ついてるでしょ! どうして……」


 そう言って、勇気に食って掛かる。


「勇気と誠二にどういう風なことがあったのかは知らないけど、化け物なんて言い方ないでしょ! 殺すべきなんて言わないでよ!」


「ララ……お前には……関係ない。分からないんだろ? どういう出会い方をして、どんな風に付け込まれたのかは知らない。だが……」


 勇気はララが本性を知らないから誠二の味方をすると思ったらしい。怒声を押さえ、説得するようにしてララへ向かった。


 だが、彼女はそれを受けてもっと怒った。


「付け込まれてなんてないよ!! 少しはこっちの話を聞いて? 誠二は私を、助けてくれたの!!」


「…………はっ?」


 勇気は予想もしていなかった言葉に、疑問を示す。目に見える世界が真っ白になったかのような反応だ。目の前のすべてが異質に見えて、訳が分からないという表情。


 ただ、ララはそんなのに構わず説明した。誠二のことを、理解してもらおうと口を走らせたのだ。今日、彼と会ってからのことを綿密に、丁寧に。


「今日ね、私が学校から帰ってくる時に私は誠二と肩をぶつけちゃったんだ。あれは私のせい。マーレ達と話してたから。でも彼は快く謝ってくれた。こっちが気負わないように気を遣ってね。その後、私が不良に絡まれた時は彼がかばってくれた。誠二はね、私のことをかばって頭を殴られて、記憶まで失ってるんだよ!!」


「…………そんな、大層なことは……ララちゃん」


 ララの必死な言葉を聞いて、わなわなと震えていた誠二は少しだけ安心をその目に灯す。自分の味方をしてくれる人間が一人はいるのだという安心。


 ただ、彼女の全霊を尽くすかのような説明を受けてもなお、勇気は信じられないという表情を取っていた。

 しかし、彼の耳は聞いていた。誠二の心の声を。戸惑い、不安、恐怖。それを鑑みて、彼はとりあえずララの話を信じることにしたらしい。


「……記憶喪失」


 そう呟いて、誠二の方へと目を向けた。そうして、問うのだ。


「記憶喪失っていうのは……本当、なのか」


「…………うん」


 誠二は小さく、震えながら頷いて応えた。勇気はそれを受けると、納得しないというような表情をしながらも顔を押さえ、苦しそうにしながら謝罪する。


「……悪かった。記憶喪失だったら別人も同然だっていうのに。お前には、他人のことで責められるみたいな気分を感じさせちまった」


「……いい、よ。記憶を失う前の僕が、本当に君を、そんな風にしたのかもしれないんだから。それを知らなかったんだから、しょうがないよ」


「……本当にすまない。嫌な気分をさせたな」


 勇気は頭がいい。それゆえに、物事を受け入れる早さも相当なものだ。だが、それにしたってこれはすぐに呑み込めるようなものではなかった。自分を自殺に追い込んだような人間が、記憶を失ったとはいえ人を助け、自分の家と言えるような場所にいるなど。


 だが、そうであっても謝らなくてはならないと思ったのだろう。だから謝った。

 しかし……


「悪い、ララ。飯を作ろうと思ってたが……無理だ。少しの間、顔を出さない。夕食のときは……呼ばなくていい」


「あ……うん」


 とりあえず腹の中に収めても、消化は出来なかった。時間が必要なのだろう。ララはさっきまでの怒りを消し、勇気の意志を察して頷いた。彼女の目にも、勇気の心中で行われていた疑問の慟哭が映っていたのだ。


 勇気は誠二とララの並んでいるのから離れる。ゆっくりと、頭を抱えながら……。それを、ララは誠二を支えるようにして見送って……


「鈴木誠二……誠二」


「え?」


 いる途中、勇気が振り返った。灰色の表情だ。そのまま彼は語る。


「……中学の時、俺とお前は同級生だった」


「……そう、なんだ」


 勇気が語るのは彼の記憶にある誠二の事だった。彼なりの償いだろう。


「それで、その時だが……お前はいじめられていた。原因は分からない」


「僕が、いじめを……」


「そうだ。きっと、長期間に渡るそれが、お前のことを変えたのかもしれない。俺がお前のことを助けに入った時、お前は俺のことを罵った」


「……僕、そんな奴だったんだ」


「そ、そんなこと……」


「お前じゃない。前の、お前だ」


 勇気はそこで振り返り、誠二に向かい合った。それは、自分の気持ちと向き合っているともいえるだろう。彼が、自分の心の中で、ちゃんと彼のことを自分と関係のなかった鈴木誠二として見られるように。


「人格ってのは、記憶で形成されるんだ。少なくとも俺はそう思っている。だから……お前は今、どれだけ記憶が残っているんだ? 記憶喪失と言っても、全部が全部なくなってる訳じゃないんじゃないか?」


「う、うん。ララちゃんを、助けた記憶だけ」


「そうか……。なら、お前は今、人を助ける鈴木誠二だ。記憶がある時の鈴木誠二は関係ない。……約束しよう。俺の記憶にある鈴木誠二と、今ここにいる鈴木誠二を、別としてお前を真正面から見る」


 勇気は誠二に対し、言い切った。俺はお前をお前として見ると。記憶にないことをあげて責めるようなことはしない、一人の人間として向き合う……そう言った。


 記憶を失った人間に対して、こう言うのはもしかしたら当然と思われるかもしれない。だが、勇気は元の誠二に自殺に追い込まれている。それを無視し、造形だけとはいえ同じ人間を真っ直ぐ見れるなど普通ではない。


「姿形が同じでも、お前を見る。お前の奥に他人は見ない。ただ、もし記憶が戻った時は……」


 勇気はそこで言いよどむ。だが、彼は踏み切る。


「お前の今を考えて、話し合おう。お前の過去も、その時にはちゃんと見る。だから、今はお前を見るよ。本当に、さっきのはすまなかったな」


 そう謝った。真っ直ぐに、一点の曇りなく。


 それを受けた誠二は……戸惑いながらも、頷いた。勇気の誠意に応える。


「いや……大丈夫。普通、忘れ切ること出来ないはずだしね」


「……すまないな」


「大丈夫だって。僕の方こそ、だ」


 しばらく、何とも言えない空気が流れる。ララにとっては口の出しづらい空気だ。仲直り……ではないし、和解でもない。見守ることしかできない空気だ。


 ただ……勇気が口を開いた。


「……神崎勇気」


「え」


「神崎勇気だ。俺の名前。勇気って呼んでくれ」


 勇気は自己紹介をした。それで、最後としようと思ったのだろう。


 誠二は勇気の自己紹介を受けると、本当にうれしそうに、最初は驚いた風でいたが、喜びにあふれた表情で自己紹介を返すのだった。


「分かった、勇気。僕は鈴木誠二だよ」


「ああ。よろしくな。ああそうだ。言っておかなきゃならんことがある」


「ん、なに?」


 勇気は何かを思い出し、誠二に向かう。そうして深刻そうな表情をし、彼に伝えなくてはならないこと、というのを話した。


「俺とお前の過去の関係は他の奴らには隠しておこう。話しちまえば、深い所を聞かれちまうかもしれない。ララは仕方がないが……面倒だろ? お前は別に関係ないのに、言ってしまえば“そういう見方”をされちまう」


「ああ……」


 勇気の言ったことを聞くと、誠二は納得したように頷く。勇気が言いたいのはつまり、こういうことだ。自分と誠二の関係を話すと、深くまで興味を持たれる。そして、さっき勇気が言った様な事、過去にあったことを話されては……悪人と、そういう見方を誠二がされてしまう可能性がある。


 勇気はそこまで気遣った後で、ふうと息を吐く。


「悪いな、色々言っちまって。じゃあ、戻っていいかな。正直、いろんなことがあって気が落ち着かないんだ」


「あ、ああごめん勇気。僕のせいで引き留めちゃって」


「いや、お前は悪くない。ララ、夕食はいらないって言っといてくれ。必要だと思ったら自分で作る。それじゃ二人共、またな……」


 勇気は途中から顔を青くして、ララと誠二の二人から離れて階段を上っていく。その姿には深い疲労と、決心があった。


 そんな背中を見送って、誠二は呟く。


「勇気……。彼は生きてるね」


「え……生きてる?」


 思わずララは聞き直した。生きてる……とは何だろうか。


 問いを受けると、誠二は戸惑いながらも答えた。


「え、いや……そういう風に感じたんだ。うん。もしかしたら、僕が本能的にそれを重点的に見てたのかもしれない。何だろう、彼の誠実さと、実直さを見て……そうね」


「ふ~ん。そうか。でも、勇気のあれは許せないよ!」


 ララは誠二の感想を聞きながらも、むくれる。原因は勇気が誠二にひどい罵倒をしたことだろう。それを聞くと、誠二はフフッと笑って口を開く。


 彼が笑えるほどにまで、勇気の誠実さは真っ直ぐだったという事。


「あれは僕のない記憶のせいだから。彼はそこを棲み分けして僕を見てくれると言ったし。彼の境遇を考えてみればそんなこと、普通できないことだ。僕だったら僕に掴みかかってる」


「そうだけど……誠二は私のことを助けてくれた人なのに」


「それも、彼にとっては目に入ってない事だったから仕方ないよ。じゃあ、この部屋に他の人達がいる、のかな」


 誠二はなんなら元よりも機嫌がいいように振舞っていた。そうして、二人は食堂の方へと向かうのだった。

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