少年の過去
「……こ奴が、自殺者?」
「…………鈴木誠二。この子の名前……」
太三郎とララは天翔の言葉に驚かされていた。
天翔は二人が少年の面倒を看ている部屋に入ってくるなり、その少年が自殺した人間だと告げた。名前は鈴木誠二。そして、重要なのは彼が天翔と太三郎の保護下から抜け出したこと。
「ああ、こいつが抜け出した自殺者だ……。それにしても、一体どうしてここに?」
天翔は怪訝を顔に示した。彼にとっては自殺者が行方不明になったと伝えに来たら、その当人が寝ていたのだからそれは当然だろう。
だが、逆にララの方も分からないことだらけだ。彼女は問い返すのと同時に天翔へ説明する。
「この子、私達が下校してる時に会ったの」
「ふむ、それで?」
「うん、その時になんだけど……この子、すごい感情を持ってたの。黒い感情。恐怖とか、絶望とか……それで、心配だったから話してみたの。そうしてたら、不良に絡まれて……」
「なるほど。襲われて、怪我でもしたから持ち帰って来たのか?」
「うん、そう。そうなんだけど……ただ怪我したっていうんじゃなくて、私のことをかばってくれたの。……ねえ、この子が自殺した子って、本当なの?」
「……かばった? 鈴木誠二、こいつが?」
説明の途中、ララは聞き直した。本当に鈴木誠二が自殺をした人間だったのかと。だが、それとほぼ同時に天翔も彼女の説明に質問する。本当に信じられないという表情をして、だ。
「うん、そうだよ。それで、この子は本当に……」
ララは天翔の問いに答えを返してから、また問い返す。
ガサガサ……
だが、その必要はなくなった。必要がなくなったのに加え、もっと他に重要なことが出来たのだ。それはどうしてか。
少年がむくりと起き上がったのだ。唸り声を上げながら、ゆっくりと。その部屋にいたララ、天翔、太三郎はその些細な音を聞き取るとそちらにすぐ目を向けた。
少年は頭を抱えながらベッドの上に上体を起こす。そうして、目が覚め切ると辺りを見渡した……
が、それを終える暇なく、ララが少年に飛び付く。
「大丈夫だったんだねっ!!」
「えっ……えっ……え?」
ララは起き上がったばかりの少年の肩を掴み、涙目で彼の無事を喜んだ。太三郎の腕を疑っていた訳ではないが、起きるまでは心配だったのだろう。
反して少年は、未だ状況を掴めていない様子だった。
だが、ララはそれに構わない。ひしと、少年のことを抱く。勇気の時にもそうしたように。
「よかった……! 君が生きていて、本当によかった……」
「え、あ……あ、ああ……そう、いえば」
ララに抱きしめられながら、少年は声を上げる。そういえば、と。ララの顔を見て、意識を失う前に何が起こったのかを把握したのだろう。彼はフッと、笑みを浮かべて呟くのだった。
「そうか……守れた、のか」
そう呟く表情は全然、自殺をするような人間とは思えないほどに清々しいものなのであった。
それを、後ろから見ていた太三郎と天翔は神妙な面持ちを取る。そうして、一瞬だけ目配せをした。何かを伝えあったらしい。
その後で天翔がまず少年、鈴木誠二に声をかける。
「どんなことがあったのか、詳しくは知らないが少しいいか、鈴木誠二」
「…………」
だが、応えない。ララとの再会に酔いしれて耳に入らないのだろうか。天翔はもう一度声をかける。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいか鈴木誠二」
「…………」
「鈴木誠二?」
「…………」
だが、まだ応えない。……異変だ。今、四人がいる部屋は大きくない。そして天翔と鈴木誠二の距離も離れてはいない。聞こえない距離ではないはずなのだ。だが、三回も呼び掛けたのに応えない。
異変を感じ取ったのは彼自身以外だ。鈴木誠二を抱いていたララまでも、抱擁を解いて太三郎と天翔の方へと怪訝な視線を向ける。三人は、訳が分からないという表情を突き合わせた。
そうなると、一人取り残される方も不安になってしまうものだ。鈴木誠二は首を傾げ、周りを見渡しながら太三郎と天翔に問いかける。
「あの……お二方はこの子の保護者、ですか?」
…………
その問いを受けると、天翔は逆に鈴木誠二へ問いかける。
「ちょ、ちょっと待て。お前……私のことを覚えていないのか?」
「え……はい。全く」
天翔の問いに、少年は首を振って応えた。
それを耳にした鈴木誠二以外の三人は、サッと顔を見合わせた。その表情は青白く、恐ろしいものを目の当たりにしたかのよう。
前に説明したかもしれないが、自殺者がいないかどうかの見回りを行っているのは天翔だ。通常、彼は妖館周辺のそういったスポットを毎日回り、もしいたとしたら保護して連れ帰る。涼や太三郎が出向く例外はあるが、本当に数えられるほど。普通に考えれば、鈴木誠二も天翔が連れ帰った人物だ。それに、天翔の方は彼の顔を覚えていた。
天翔と鈴木誠二は、顔を合わせていたはずなのだ。忘れるという事は少し考えられない。自殺したところを助けられたのに、その人物を忘れるという事があろうか。……あるにしても、ほとんど……
三人はそこまでを踏まえていたために、恐ろしいと感じた。鈴木誠二の頭に起こっていることが。加えて、さっきの。呼びかけに対して応答がなかったこと。
太三郎は恐る恐る鈴木誠二に問いを投げた。
「……お主、自分の名前が何だか分かるかの」
太三郎の問いに、少年は……鈴木誠二は、首をひねった。普通なら、思い返すなどという工程など必要なく出てくるはずのものだが……。彼は悩んでいた。
しばらくして、少年の顔に恐怖が浮かんできた。まるで、目の前に殺人者がいるのを知覚した時のような表情。そうして、彼は太三郎の質問に答えるのだった。
「名前……分からない。それに、他のなにもかも……僕が何者なのか、今まで何をしていたのか……」
少年はその言葉を、静かに、自分でも信じられないかのように口にしたのだった。
だが、彼の言葉はそれでは終わらなかった。ただ一つの希望を見るような目で、ララを見ながらこう言ったのだ。
「君と会ったこと以外、全部……思い出せない」




