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生きた救い

 ララは駆けていた。あまりにも黒い感情を抱えた少年を追うために。普通の街並みを歩いているにしては、暗すぎる目をした少年の様子を見るために。彼の感情に含まれていたそれはあまりにも濃すぎた。それを、色として見たララは走っていたのだ。


 そうしてしばらく。ララがいくつかの角を曲がって先を見てみれば、目の前に少年の背が見えた。それを見ると、彼女はすぐに彼の方へと走り寄り、その背に声をかけた。


「ちょ、ちょっと待って!」


「……ん?」


 ララの声を受けて、少年は足を止める。そして振り返って見てみれば、彼にとって目に新しい、先ほど肩がぶつかってしまった少女がいた。だが、普通におかしいこと。首を傾げて疑問を示した。


「君は……どうしてここに?」


「あ、えっと……」


(ま、まずい。そのこと、全然考えてなかったーっ!)


 ララは顔を真っ赤にして、どうやってこのことを言い訳しようと考えた。つまり、何故にわざわざ肩がぶつかってしまっただけの人間に会おうと走って来たのかという事。

 ララは少し悪い頭をフルに稼働させ、考えに考え抜いて……


「えっと……あの、えっと……」


「うん?」


「おっ、お食事でも、一緒にどうかなぁ……みたいな、エヘ?」


 少年が純粋に疑問を示すのに対し、ララは緊張からか妙なことを言ってしまうのだった。食事に誘う……どう考えても異常だ。肩をぶつけただけの仲。だというのに、食事に誘ってしまった。

 少年もそれを感じ……


「あ、え……あ、は、ふぇ……」


 るよりも前に、顔を真っ赤にし、ララにそれが見えないよう顔を覆ってから大声を上げた。


「そそっ、そんな、駄目だよ! 全然、僕達知り合ってもないんだよ!? 普通、こういうことの相手っていうのはちゃんと考えてするものッ! それに、君みたいに可愛い子が僕みたいな奴とつり合う訳ないしッ!」


 どうやら、彼には違和感よりも先に恥の感情が先に出てしまったようだ。だからこそ、首を傾げて問うのでなく、それよりもララを遠ざけようと自分のような人間とはつり合わないと言った。

 が、ララも同じく緊張していた。まだどもっている。


「いい、いやそんなことないよ! あ、あの……ちょ、ちょっと話したいことがあって、それで!」


「え、えぇ? は、話したいこと……?」


 赤い顔を向き合わせる二人がドギマギしている中、少年はララの言葉で正気に戻った。離したいこと、とは何だろうと。疑問を感じれば、顔の好調も薄くなっていく。そうしてララに問いかけた。ゆっくりと、余計な恥を感じないように。


「えっと、さっきぶつかっただけ……だよね。前に会った、とか?」


「あ、いや。前に会ったりなんかしてない、よ」


「だったら君は一体、僕に何のことについて話したかったんだい?」


 落ち着いた少年の様子はララの恥ずかしい気分も拭っていく。そうして、そのままララが話そうと思っていたことまで聞き出そうとしたのだ。

 ララは少年に問われると、そのことを口にした。


「……最近、悩みとかってないかな……って」


「……へ?」


「その、すごい疲れている様子だったから……気になって」


 ララは自分が他人の心を色として見ることが出来るという事は伏せて、彼が疲れているのではないかと言った。詳しく言えば負の感情を抱えているだけで、疲れているとは少し違うが、追及された者からしてみれば見抜かれたと考えるだろう。

 ララの言葉を受けると、少年は力なく笑った後で肩から力を抜いた。


「あれ、分かった? 表に出さないようにするのはすごい慣れてるはずなんだけどなぁ」


 そうして、目を覚ますように手で自分の顔を覆い、撫でた。そうして少し、手がどけられると……


「え……」


 少年の顔には、人間が溜めることの出来る最高量なのではないかというほどの疲れが見えた。


 長かった黒の前髪がどけられ、目にクマがハッキリと映っているのが見える。黒髪の影で見えなかったやせこけた頬が見える。やつれて光が鈍っている目がしかと見える。

 ともかく、彼は外見だけで分かるほど精神的に追い詰められていた。


「でも、通りすがりの子に心配されるようなことじゃないよ、嬉しいけどね」


 ララが少年の様子に圧倒されていると、彼は口を開いた。先に心配されることはないと釘を差したのだ。

 ただ、ララもそんな言葉では引けない。


「そ、そんなこと言われたって……。心配だよ。すごい、怖い……このままにしたら、君、そのまま崩れちゃいそうで」


「まあ、合ってるのかもしれないね、その言葉は。でも、君には関係のないことだよ。僕がどこかで野垂れ死のうと、関係ない」


「そ、そんなこと」


「今ブラジルのリオデジャネイロで人が一人死んだけど、君には関係ないだろ? それはアメリカのマサチューセッツでも同じことだし、イギリスのロンドンでも同じ。隣人でも同じことだ。ね? じゃあ僕はもう……」


 少年は少し強めの言葉でララのことを引きはがそうとする。今の例えを口にする少年の目には、絶望と、少しのいら立ちがあるように見えた。

 言い切ると、少年は反転して歩こうとした。


 だが、ララはそれでも止まらない。


「でも!」


「……まだ何か?」


「目に入った分だけでも救いたいと思うんだ、私。それで助けられたから。その、マサツーセッチュ? で死ぬかもしれない人が今目の前にいたとしたら、私はそれを助けたいと思うよ」


 ララは胸を張って、そう言い切った。自分の手の届く範囲だけでもいいから、私は他人を救いたいと。それが自分と関係の希薄な者であっても、だ。

 彼女が助けられたと言ったのは勇気の事だろう。通りすがった勇気に、妖怪という理由だけで救われたことだ。……皮肉なことだ。


 少年はララの言葉を聞くと……


「……あ、は。ふ、フフ、あッはははは!!」


 大声で笑い始めた。そうして、ララの方を見る。その時の少年の顔は、本当にうれしくてうれしくてたまらないというような表情だった。頬は紅潮し、さっきまでの顔が嘘のよう。やせこけてはいるが、それでも幸せそうな表情。そんな顔で叫ぶのだ。


「君は、君は! すごいね、最高だよーーーッ!!!」


「……? …………??」


「生きてる。生きた救いだ。すごい、すごい。こんな人、一生に生きていて一人見るか見ないかだ。すごい、すごいよ!」


(……や、ヤバい人かもしれない)


 ララは少年の様子を見て、顔を少しだけ青くするのだった。

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