失意の少年
「同じクラスで運が良かったね、マーレと鼬は」
勇気が鉄矢と龍也と共にファミレスに寄る、その少し前の時分。マーレ、鼬、そしてララが帰路についていた。春の色に薄らと染まっていて、暖かい空気がある街並みを三人は歩く。
話すことはやはり、高校のことだ。ララは羨ましそうに二人のことを見つめながら、同じクラスで良かったねと言う。
「まあそうね。知り合いがいると、心が落ち着くし」
「ああ、本当だ。それに、止められてよかったぜ」
「ん……止められた? 何の話?」
急に鼬が意味深な言葉を呟いた。止められて……それを聞いたララは首を傾げて問う。すると、鼬は怒り心頭という感じで語り始めた。
「入学初日からよ、マーレを口説こうとする奴がいたんだよ!」
「え、えぇ? 本当、マーレ?」
「いたわね。白髪交じりの目立つ奴だったけど」
「へぇ~。それは災難だったね。でもやっぱり、マーレくらい可愛いとナンパされるよね」
「そりゃあそうだが……だったとしても! 許せないもんは許せないんだ! 今日は手を出さなかったが、今度言い寄ってきたらぶん殴ってやる」
「やめなさいよ鼬。アンタが騒いだら同じ中学って説明した私にまで飛び火するかもしれないじゃない」
「うっ……そりゃ、そうだけどよ……」
(ふふ。難儀だね、鼬君は)
鼬の行き過ぎた気遣いを、マーレがいさめた。それを見たララはふふっと笑って二人の間を尊いものを見るような目で見つめる。楽しくってたまらないのだろう。くっつきそうでくっつかない男女を見ているのが。
そんな話をしながら三人は歩き続ける。春の緩い空気の占める街並みを……
ドンッ
「あっ、ごめん……」
「いや、こちらこそ……」
歩いていた時、ララの肩に反対方向を歩く人間が当たってしまう。咄嗟にララは当たってしまった人に謝った。それに応えるように、肩を当ててしまった人も謝る。
「大丈夫、ララ?」
「あ、うん」
「えっと、アンタは大丈夫か?」
鼬とマーレはララに心配する声を上げた後、彼女がぶつかってしまった人間へ心配を向けた。
ララが肩を当ててしまった人間は、少年だった。黒い髪が片方の目を隠すほどに長く、陰気な印象がある男の子。三人と同じような年だ。
彼は鼬の心配の声を受けると、首を振って応えた。
「いえ、大丈夫。問題ないよ。それよりそっちの子、大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫だよ」
少年は鼬の心配を受けた後で、逆にララの方を心配する。良識のある人物らしい。ララも大丈夫だと言って返した。
ただ、その後でララはあるものを目に止める。
(あれ、この人……)
だが、それを口にする間もなく少年が小さく頭を下げた。
「ごめんね、当たっちゃって。こっちの不注意だったよ」
「あ、いや、そんなことないよ。私が話し込んでたから……」
「ん……じゃあ、どっちもどっちってことで」
少年の言葉を受けると、ララは自分の方が悪いと頭をペコリと下げ返す。ただ、まあ本当に彼女の言葉通りだろう。ララ達は話し込んでいた。少年の方は一人で前を向いて歩いていた。どちらが要因かと言われれば、ララの方だ。
だが少年はそれを追求せず、かと言って自分が悪いと押し切ることはなく、どちらも悪いよねと、落としどころを付けた。
「じゃあ。時間を取って悪かったね」
「う、うん」
そうして、少年はフッとララに笑いかけた後で去っていく。後腐れなく……
その様子を見ていた鼬は、少年の後ろ姿を見て少し笑った。
「気持ちのいい奴だったな」
「ええ、本当に」
鼬の言葉にララも同調して頷く。
ただ、ララは先ほど目に止めたものについて考えていた。考えていたというより、頭を支配されていた。
その、彼女が見たものとは……
(あの子……悲しみに、失意に、恐怖に……黒い感情ばっかりだった)
黒のマイナス感情であった。そして、その発生源は先ほどの少年だ。ララは彼と喋っている間、彼の後ろから出てくる黒い感情をずっと見ていたのだ。だから、少しだけドギマギとした対応をしてしまった。今も言葉が出ないという様子で、少年が角を曲がったのを見ていた。
「ララ? 大丈夫?」
「へっ? あ、ああ……」
ララがボーっと虚空を見つめているとマーレが声をかける。心配そうな表情だ。
だが、ララはそれに短く応えた後で……
「私、あの子のこと見てくる。妖館も近いし、二人は先に帰ってて」
「ちょ、マーレ?」
「おいどうし……た、んだよ」
すぐに少年のことを追いかけようと、走り始めた。
それを鼬とマーレは止めようとしたが……今までにないほどララが早く駆けたために、声をかけることしかできなかった。既に彼女の背は遠く。
取り残された鼬とマーレは顔を合わせ、首を傾げた。そうしてするのは、下らない話。
「どうしたんだろうな、ララ」
「う~ん……ヒトメボレ?」
「いっいやいや! 流石にそりゃないんじゃねえかな」
「え、そう? あの子、すごい可愛かったし」
「可愛い? ……女の考えることはよく分からないなぁ」
二人はララに対する信頼からか、彼女のことはあまり心配せず、寧ろ彼女がどうして少年を追ったかについて考えたのだ。まあ、他愛のない話だったが。




