射抜くこと鉄の矢が如く 2
「片付けが遅い! 客が来ているのだから、不愉快にならないように店員は気を遣うべきだろうが!」
「はい、すみません、すみません……!」
ファミレスの昼時、店員に向かって怒声を上げている中年男性がいる。彼は顔を紅潮させて怒鳴り、店員の女性は何故自分が怒られているかも分からずに謝罪を続けていた。
男性の座っているテーブルは片付けがされていなかった。否、片付けのされていないテーブルに、わざわざ男が座ったのだ。だのに彼は、
「どうしてこんな簡単なことも出来ないんだ?」
と、未だに文句を言い続けている。店員はそれに応えるように、何度も頭を下げていた。誰かが止めなければしばらく続くだろう。
それを見ていた鉄矢は、少しだけ真剣な表情で二人の間へ入っていく。そして……
「店員さん、僕フライドポテト頼みたいな」
と、店員へ声をかけた。普通に、ただ単にそれだけが目的かのように。
だが、この状況においてはそれは全然普通な事ではない。男の反感を買った。
「なんだお前! 今私がしている事が目に入らないのかッ!」
「あの、すいませんお客様……」
男どころか、店員までも少し迷惑そうな顔をし始める。そりゃあそう。鎮火をしようとしている最中、他人に割り込まれて気分がいいはずもない。
ただ、そういうのには構わず鉄矢は店員にフッと笑いかけた。その後で、男へ目を向け口を開いた。
「目には入りましたけど、分からなかったんです。どうかされました?」
わざとらしく首を傾げた。それを見ると、男はもっと顔を赤くし、鉄矢に向かった。
「分からない、だと? 見ればわかる話だろうが!」
「ん、そうかもしれませんね。ただ、それはあなたに言われたくないことです」
「あぁ? なんだと?」
鉄矢はようやく、男に反論の意志を見せる。その後は早い。店員は戸惑いながら二人から少し距離を取って、やり取りを眺めていた。
そんな中で、鉄矢は男へ言葉をかける。
「ほら、そこら辺。空いている席があるじゃないですか。あなたは目で見てそれが分からなかったから、そこに座ってしまったんでしょう?」
「なっ……」
「店員さんが、わざわざ片付けのされていない席へお客様を案内するわけありませんもんね。あなたが、自主的にそこへ座ったんでしょう?」
「それは……注意しようとしたんだ! 客が来ているのに、こういった汚いものを見せる態度が……!」
「注意? 注意するのであれば、わざわざここに座る必要はないでしょう? 案内される時に、この席を指差せばいい話です。指をさして、もう少し片づけを早くしては、そう言えば済む話です」
「ぐっ……いっ、意識を向けるためだ! ただ指差しだけで注意すれば印象に残らんだろッ!」
「そうですねぇ……。はぁ」
鉄矢はそこまで言って呆れ気味にため息を吐いた。正直、男の言い分は苦しい。意識だ何だに頼り始めて、もう言い訳は出来ない。
鉄矢は男に詰め寄った。
「ここまで察してくれとは言いませんが……ここは昼時のファミレスです。色々な人が寄りにくるんですよ。今は満席じゃありませんが、一気に客が来たらしい。大変な時です。そこの店員さんはフロア一人でやっていたのかな? ともかく、大変だったんですよ。彼女は最善を尽くしてたはずです。今いる客の接客をしながら、手の空いた時に片づけをするつもりだったんでしょうね……。まあ二度目ですが、ここまで察してくれとは言いませんよ」
そう言いながら、鉄矢は男を見上げ、睨んだ。
「ただ、店員さんの案内を待っていればよかったじゃないですか。店員さんには店員さんなりのペースがあります。社会人なら、ペースという言葉がどういう意味かくらい分かりますよね。それを尊重するために、ただ待っていればよかった話です」
そこまで言って、鉄矢は一息つく。そして、呆れ混じりにこう言うのだった。
「どうしてこんな簡単なことも出来ないんです?」
わざと、鉄矢は男が最初に店員へ言った言葉を真似して結論とした。
男はその言葉を聞くと、それが自分の言った言葉だというのをすぐに理解したらしい。苦悶の表情を浮かべ、唸り声を上げる。そうして彼はそのまま、肩をいからせてファミレスを出ようと出口へ足を向けた。最後に、
「もういい!」
と、声を上げて。
結局、男は鉄矢の弁に返す言葉が見つからず、逃げ帰ったという事だ。
ファミレスの中が静かになる。遠巻きの席ではまだ喋っている人間達はいたが、鉄矢の周り、男の騒ぎが聞こえていた人間達は鉄矢に目を向けて黙っている。
「……さて」
そんな中、鉄矢は何事もなかったように勇気と龍也の座っている方へと足を向けるのだった。




