初日から喋りかけてくる奴
入学式は粛々と行われた。異様なことなど一つもなく、ただ整然と。だが、今年入学した面々には少しづつおかしな人間がいるのだった。講壇の上で喋る教師達は気付かない。目の前、見下ろしている生徒達に目に見えない異色があることを。妖怪だ何だ以外にも、多々。だが、勇気達を含めた彼らは黙っている。溶け込んでいるから。
だから、入学式は普通に、ごくごく普通に終わるのであった。
所変わって、高校の一教室。勇気と涼がいる教室だ。二人は隣り合った席であった。最初の名前順の席順において、二人は神崎と大江という姓を持っているためにそうなった。少しだけ勇気は緊張の表情を浮かべていたが……涼は学校で、あまり勇気と話す気がないらしかった。二人はその日中、学校ではあまり話さない。
ともかく、入学式が終わった後だ。教壇では二人の担任が教室に座っている生徒達へ明日の予定やらを伝えている。
「ええ、ということで。明日の登校時間は……」
別に、聞く必要もないような内容だ。最初に配られるプリントに書いてあることの復唱。加え、教師自身の抱負だったり、生徒はこうあるべきだ~という話。生徒達はそれを、それぞれの態度で聞くのであった。
勇気はというと、つまらないと顔で言っているような表情でそれを聞き流していた。彼にしてみれば、プリントあるし、もしなくとも他の五人が誰か聞いているだろうということがあったから、聞かなくてもいいと思っていたのだろう。
そんな中で、彼に声をかける者が。肩を軽く叩かれたのだ。
「ちょいちょい」
「え」
「神崎勇気君、だっけ?」
後ろからだ。勇気は振り向いて、自分に声をかけた男声の主を目に入れる。
勇気に声をかけたのは、薄緑の髪をした快活イケメン、というような少年だった。ただ、快活一色という感じでもない。全体的に緑色という雰囲気を受ける。落ち着きのある好奇心、といったところだろうか。
そんな少年、同級生に話しかけられた勇気は思わず首を傾げて彼に応対した。
「えっと、そういうお前は……」
「木瀬鉄矢。気軽に鉄矢って呼んでいいよ」
「よろしくな、木瀬」
「……せっかく下の名前で呼んでって言ったのに」
「初日だぞ? もう下の名呼びとか、気持ち悪いにもほどがあるだろ」
勇気は呆れたようにしてそう言う。確かに。小学校とか子供のころならまだしも、高校、ある程度思春期の心持というのを持った時分の子供に急に下の名で呼び合うというのはハードルが高い。
また、勇気にはちょっとした悪意があった。さっさと離れてほしい、という。彼の人間に対する嫌悪は琴音の一件で少しは丸くなったが、未だに残っていたのだ。
だが、そんなのにも構わず鉄矢と名乗った少年は元気に小さい声で語る。
「別にいいじゃんかぁ。どういう風に呼び合おうがいいじゃない。分かりやすければ分かりやすい方がいいよ」
「つってもなぁ」
「変わらないよ、どう呼ぶかでなんて。うんこが一万円って名前だったら、そこら辺に落ちてるのを拾いに行くのかい?」
「例えが……。いや、言ってることは分かるが」
「分かるでしょ? じゃあ、僕は君のことを勇気って呼ぶね」
「……むずがゆいな」
勇気は苦い顔をしながら鉄矢の言葉を飲み込む。彼の嫌悪は、鉄矢の能天気に呑み込まれてしまうのだった。最初はずっと眉間にしわを寄せていたのが、今はない。呆れでそれが吹っ飛んでいるのだろう。
「じゃあ、よろしく勇気」
「……まあ、ああ。分かったよまったく。じゃあ、俺も。よろしくな、鉄矢」
「へぇ~。結構柔軟だねぇ。ふざけんなって言われるかと思った」
「んなこと言わねえよ」
「中学に入学した時はそのまま殴られたかけたからさ」
「重い」
勇気は深く肩を落とし、入学式から気楽という感情を極めたような人間、鉄矢に絡まれることをよしとするのだった。全然、笑顔ではないが。
……そうやってしばらくしていると、彼らの会話を置き去りにしたまま、教師の話が終わる。彼は話が終わると、起立、礼を生徒にさせ、すぐに教室から出て行った。まあ、入学式辺りの教師の仕事は多い。急ぎたかったのだろう。
教師がいなくなると、生徒達はそれぞれの行動を起こす。サッと立ち上がって帰る者。自分と同じような人間を探し、友達探しをする人。それぞれの人の色というのが見える光景だ。
勇気は鉄矢と喋っていて、座ったままであった。ただ……隣の涼は渋い顔で立ち上がる。
「あ……」
勇気は涼が立ち上がるのを見ると、そちらへ声をかけようとした。が、涼はブスッとした顔をしたまま、勇気に小さく手を振って、サッと教室を出てしまう。
(先帰ってるから……ってことか?)
勇気は涼の顔からそう感じ取る。帰ってるから、という言外の伝言。ただ、それだけではない。涼の目には明らかに、苛立ちがあった。何から来るものか、勇気には想像が及ばないが……
(何かしちまった、か?)
彼は不安に思うのだった。
だが、そんなことを知らず……
「あの子、気になるの?」
気楽な少年、鉄矢は勇気へそう声をかけてきた。思いもよらない問いかけを受けた勇気は肩をビクつかせ、彼に向かって両手を大きく振って否定する。
「ちっ、違う違う! そんなんじゃない! えっと……同じ中学の友達だ!」
「本当~? 頬が赤いよ」
「気持ち悪いわ! 俺はもう帰るからな!」
「あの子を追うのかな~?」
「なっ、くぅ……!」
勇気は鉄矢に問い詰められ、ぐぬぬと歯を食いしばる。何としても、彼女だとかそういう噂を立てられるのが嫌だったのだろう。涼にも迷惑になる、そういう考えから。
だが全然、鉄矢に顧みるという感情は存在しないらしかった。いやらしい目をしながら、勇気のことを見上げている。
そうやっている内……
「なぁに気持ち悪いことやってるんだよ、テツ」
「……ん」
「ああ、タツ」
勇気と鉄矢が目を合わせている間に、声がかかる。かすれた男声。勇気は首を傾げながら、鉄矢は少し鬱陶しいという風に、声の主の方へと目を向けた。
声の主は赤い髪の少年だった。




