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鼬の宿業

 妖館の皆は夕食を終え、余暇の時間を潰した。これは睡眠をとる、その直前の話……。








 鼬は一人で廊下を歩いていた。何ともなく、何の理由を含めずに、ただ歩いていた。散歩したい……とまではいかない少しだけ歩きたい欲求を吐き出すために歩いていたのだ。

 彼の周りを窓から差し込む闇が覆う。廊下の灯りは消灯の時間のため少しの間を空けてスイッチを入れている。光に出たり入ったりを、鼬は繰り返していた……。


「のう、鼬」


「ん……太三郎さん」


 鼬が廊下を一人で歩いていると、闇から太三郎がヌッと現れる。煙を纏って、本物の妖怪のように。ただ、その目にはいつも通りの穏やかさがある。しかし少しだけ心配そうな表情があった。

 そんな表情で彼は煙管を口に咥えながら鼬に向かう。


「もう、刻限が近いの。一年もない。……どうするつもりじゃ」


「自分で決める」


「……無理にとは、言わんがの」


 太三郎は煙管を手に持ちながら、鼬に歩み寄る。そうして、鼬の目の前に立って彼の顔を見下げた。慈悲深く、そして悲しみを感じさせる目で。


「幸せに、なってほしいんじゃ」


「…………」


「儂は今まで、お主のことを見てきた。じゃが、お主の顔に浮かべられるその笑顔が……見ておられん。このまま、誰にも告げずに……」


「いいんだよ、太三郎さん」


 だが、太三郎の慈悲深さを鼬は受け入れない。いいんだと言って、横に流したのだ。彼の顔には、悔しさのようなものがあった。暗く、果てのない。

 だが、それでもちゃんと、自分の口から言葉を吐く。太三郎の横を通り過ぎながら。


「俺のこれは、自分で選んだ道なんだ。だから……どういう結末を迎えようと……問題、ないさ」


「……自分の気持ちくらい、ハッキリさせたらどうなんじゃ」


「え?」


 鼬が暗闇を通り過ぎるのを、太三郎は止めた。まるで、親が子供を過ちから引き戻すように。そうして、振り返って鼬の背に言う。


「このまま、自分の気持ちすら吐き出さず、消えるのか。()せんの」


「…………」


「ここからは、人生の先輩という意味でなく、一人の友として言わせてもらうがの……。早う、告白せんか。時間はないんじゃぞ。見てるこっちが切ないし、苦しいんじゃ」


 太三郎はただの友人としてと断りながら、自分の心を吐露した。何やら、早く告白してほしい、らしい。その内容を明かすことは今、現在では無理だが……ともかく、二人にとっては重要なことだ。勇気達にも重要なことだ。


 太三郎の言葉を受けると、鼬は振り向いて年長者の方を見た。その目は、さっき断ったばかりの友人として、とはいかないが……本来なら起こさない反発の意志を起こしていた。太三郎という自分の救世主に対して起こすはずのない、反逆の意志。

 鼬はそれを、すぐに口にした。一語一語に力を込めて。


「マーレのことを言ってるんだろ。だったら、尚更、アンタに言われることじゃない! 俺の問題だ! 俺だけが手を出していい問題なんだ! ……あと一年。生きている内に……先に歩むかどうかさえ、自分で決める。アンタや天翔さんにとやかく言われることじゃない。じゃあ」


 鼬は言いたいことを言い終えて、くるりと振り返って廊下をツカツカと歩き出した。その歩き方は、もう口出しはするなと背で語るようなモノであった。鼬の背は、廊下の闇に消える。


 それを太三郎は、廊下の中央に立ち尽くしたままで見送った。


「…………お主だけの問題なものか」


 そうして一つ、呟き落とした。彼の表情、目には涙が浮かんでいた。悔やんでも悔やみきれないという、その涙が。

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