彼は人のために尽くした男
「……なぁ」
「何よ」
「別に、無理して一緒にいなくてもいいんだぞ?」
勇気は少し顔を赤くして、目の前の涼に向けてそう言った。
彼は先ほどの件があってから、すぐに自室に戻った。だが、一人でいてはどうしてもその気分がすぐれないと思い、外に出たのだ。外と言っても、妖館の屋根の下ではあるが、食堂に来たのだ。すると、そこには涼が。彼女は勇気のことを見止めると、一緒にいてやると言ってきたのだった。これはその少しあと……
涼は勇気の目の前で、彼のためにコーヒーをコップに入れていた。そうしながら、勇気の言葉に応えるのだ。
「うるさいわね。私がそうしたいから、そうしてんのよ」
「……そうか」
「……なんだっけ。自殺した奴? に、アンタのことを恨んでる奴がいたんだっけ?」
「え」
急に、涼は勇気の心にあることを突いて来た。思わず、彼は声を上げてしまう。
勇気はその時、涼の言った通りの人物のことを考えていた。憂えていた。鈴木の事であるが……彼のことを思っていたのだ。ただ、それを涼が知るとは思ってもみなかったのだ。だから、驚いた。
勇気が不思議に思うのを見て、涼はため息をついて説明する。
「あんな印象的な出来事、忘れるわけないでしょ。友達がなんか、発狂しながら怖いこと言ってんだもの。その原因くらい、記憶しててもおかしくないわ」
「…………まあ、そうか」
「それに会って来たの? アンタが外に出るなんてそうそう無いからね。で、なんて言われたのかしら?」
涼はコップに入れたコーヒーを勇気に向かって差し出す。それと一緒に疑問も差し出した。勇気はそれに対し、唸る。唸るしか、なかった。
それを見た涼は自分の分のコーヒーを飲みながら話す。
「偽善だなんだって言われたのかしら。それとも、お前のせいで不幸になった、とか」
「……後者だ」
勇気は一応、涼の言葉に応答だけはする。
「……言っておくけどさ。そいつ、アンタのせいで不幸になったんじゃないわよ。だって、アンタ絶対、他人が不幸になるようなことはしないでしょ?」
「……まあそうだが。その行動が逆効果だったかもしれないじゃないか。あいつが悪いとは分かっているが。大嫌いだが」
涼の言葉に、勇気は反発する。自分が悪かったのかもしれない。自分のせいで、あの男はああなったのかもしれないと。
だが、涼は首を振る。
「どうやっても、優しさってのを受け入れられない人はいるのよ。……アンタは悪くないわ。助けられない人だっているのよ」
「……んぅ」
「考え過ぎよ。アンタはアンタがしたいように、自分が正しいって思う風に人を救えばいい話じゃないの。好きなようにしなさい。もし偽善だのなんだの言ってくる奴がいたら、無視よ無視。そういう奴は、何したって文句言うんだから。相手してたら、キリがない」
涼は呆れるように言った。どうやっても、万人が頷くような在り方は有り得ない。だから妥協して歩いて行くのがいいと。
その言葉を受けると、勇気はフッと笑って、肩を落とした。脱力、だろう。
「そう、かもしれないな。まぁ……気にしない程度に気にするよ」
「気にしてんじゃない」
「そこら辺はまあ、俺の好きなようにするさ」
「……っ。あっそ、まいいわ。そうね、好きにすればいいと思う」
涼は自分が言ったことを返され、一瞬言葉に詰まる。だがその後で、少しだけ呆れたように首をすくめ、勇気に言葉を返した。好きにすればいい、再びそう言った。
そうさせてもらうよ、と言って勇気はコーヒーのコップの端に口を当てるのであった……。
しばらくして……
「ご飯できたよ~」
「はぁ。手間だった」
食堂に二人分の女声が響く。マーレとララだ。彼は食堂につながっている厨房の方から、結構な量の料理を台車に乗せて涼達の方へと歩み寄ってきたのだ。マーレは憂鬱そうに、ララは少しだけ楽しそうに。
それを見止めると、勇気は立ち上がって二人の方を見た。
「悪かったな、迷惑かけて」
「いやぁ。別にそんなことでもないよ~」
「ま、そうね。でも、アンタ琴音の時にあれだけ一人じゃ生きていけないんだ~とか言っておいて、よくもまあ強がりが出来たものね」
「うぐっ……悪かったな。じゃあ、俺は琴音と鼬。それに天翔さんと太三郎さんを呼んでくるよ」
少し強めな言葉をマーレから受けて、勇気は苦い顔をした。その後で、彼はもう弄られるのは御免だとでも思ったのか、顔を赤くしたままでそそくさと食堂から立ち去ってしまうのだった。
そうして、彼の背を三人の女子は見送る。
「勇気は人間味が増したよね」
「そうね」
「……うん」
ララの言葉に、涼とララは静かに同意するのであった。




