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鬱屈

「ふんふんふ~ん……。って、勇気?」


 妖館のエントランス。そこで涼は一人、スキップで歩いていた。その時、彼女は玄関の方に人影があるのに気付く。それは勇気であった。どうやら、帰ってきたようである。


 鈴木との一件があった後の話だ。


 勇気が帰ってきたのを見止めると、涼はすぐに彼の方へと走り寄った。


「早かったじゃない。用事があるって言ってたけど、どうし……って、大丈夫?」


 涼は喋っている内、勇気の顔の血色が悪いのを見止めた。


「いや……大丈夫だ」


「大丈夫って、そんな風には見えないけどね。いかにも疲れてるって感じ」


「だから大丈夫……」


「無理しないの。部屋、戻れば? 良ければマーレ達に飯を代わりに作るよう言うわよ?」


 勇気は涼の心配を受け付けない。だが、だからと言って涼は退かない。彼女も、自分の心配を押し通そうと粘る。


「いいって、いつも通りだ。俺は飯を……」


「そんな顔してる奴が飯作ってもおいしくないに決まってるわよ。だから、いいの」


「……お前の作る飯の方がまずいだろ」


「…………ああん?」


 少し、勇気は棘のある言葉を使った。俺が気分悪くて作る飯より、涼が普通に作る飯の方がまずいと……


 涼は額に血管を浮かべる。当然のことだ。自分が心配で言ってやっていることを突っぱねられたのだ。イラついて当然……


 二人の間に険悪な雰囲気が漂う。だが、それはすぐに取っ払われる。


「勇気、流石に今の言い方はないんじゃねえか?」


 他の者の声が響いたのだ。勇気と涼は揃ってそちらの方へ向く。


 声が響いたのは食堂の方だった。そこには琴音がいる。彼女はやれやれという風な表情をして、二人の方へと歩み寄ってきたのだ。


「涼はお前のことを気遣って言ってくれたんじゃねえか。……勇気も言ってたじゃんよ。一人じゃ生きていけないって」


「それは……」


「謝った方がいいぜ。いいや、謝るべきだ」


 戸惑う勇気に対して、琴音はちゃんと、指を立てて叱った。


 彼女がこうやって叱れるのは、きっと勇気に道を正されたからだろう。マーレに導かれたからだろう。二人の言っていることを、そうやって実践しているからこそ勇気に真っ直ぐ言える。


 琴音に叱られ、勇気は気まずい顔をする。ただ、元は彼自身が言ったことだ。

 すぐに涼の方へと体を向け、頭を下げる。


「……悪い。八つ当たりしちまった」


「……いいわよ。ただ、調子が悪いようだから、本当に飯は作んなくていいからね」


「……分かった。今日くらいは、誰かに任せるよ」


 勇気の謝罪に対し、涼は半分そっぽを向くようにして応えた。まあ一応、とても小さいことではあったが仲直りという事だろうか。ただ、少しだけ気まずい空気が残る。謝り合った後の、少し口を開きづらい感じ。


 だがしばらくすると、涼は元から感じていた違和感のことを口にする。


「……んで、何よ勇気。何でイライラしてたの?」

 

 そうだ。普通、彼はさっきまでのようなことはしない。人に八つ当たりを通常時からするような奴ならば、涼達と仲良くなってはいない。

 そこのところを涼が指摘すると、琴音もそれにつられて首をひねる。


「そうだ勇気。お前らしくないよ。なんだって、あんな八つ当たりみたいなこと」


「……ちょっと嫌な気分になることがあったんだよ。それだけだ」


「私は、それが何かっていうことを聞いてるんだけど?」


 勇気がはぐらかそうとすると、涼は少しだけ不機嫌そうに追及をかける。つまり、知りたいのは勇気がイライラしている理由、そのことなのだと。


「……ちょっと言いづらい。……ゴキブリを見た、それで、ゴキブリに罵られたって、感じかな」


「……あぁ…………あ?」


 勇気は遠回しに、鈴木との間にあったことを話す。鈴木という名前や、自殺した人間と話をしていたということは話す訳にいかないから遠めな表現を使って。


 ただ、分かりやすい表現ではなかった。涼と琴音は顔を見合わせ、同じように首を傾げて勇気に向かった。


「アンタ何言ってんの?」


「ゴキブリに罵られるって、表現って分かるけど随分下手だな」


「っ……。まあいいだろ。そのくらい不機嫌になることがあったってことだ!」


「……まぁだイライラしてるよ」


 二人の少女の言葉に、勇気は少しだけ顔を赤くしてから怒声を上げる。琴音はそれに、イライラしてるなぁと言ったが……別にそうではないだろう。こっぱずかしかっただけ。


 勇気は声を上げたのち、一人で肩をいからせたまま、自室へと戻るのであった。

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