彼は一人の不幸のため、全霊を賭した男
新しい部の始まりです。もしかしたら、2.5部という形をとるかもしれません。なにしろ量が少ないので
では、お楽しみください
「…………」
(明日、高校の入学式だ。……面倒なことは、もうここで蹴りを付けよう)
勇気は一人、ある場所に立っていた。そうして、自分の為さなければならないことを胸の内で確認していたのだ。
彼が立っていたのは、いつか彼が太三郎に連れられてきた建物だ。あの、自殺者をとりあえず集めているという建物。彼はそこに、ある目的を持ってきていたのだ。
(鈴木……もうアイツに思うことはないが、顔だけでも)
勇気は、自分の過去に為したことについて、向き合おうとしていたのだ……。
妖館、その一部の建物。自殺者を集めているその場所では、誰の部屋がどこにあるか、資料を見ればすぐに分かるようになっていた。勇気はあらかじめ、見回りから帰って来た太三郎からそれを借り、鈴木という人物がどこにいるのかを把握していた。
そうして、彼はすぐに彼の部屋の前へ来たのだ。そこへ来るまで、白と灰色の廊下が続いた。電灯も、明るく輝いてはいるが実際輝いていないも同様であった。
(……ここか)
勇気は鈴木というネームプレートがかけられている扉を見つけ、足を止める。そうしてすぐ、扉をノックした。
すると……
「はい、何でしょう」
部屋の中から声が響いて来た。中性的な声、か細い……吹けば消えてしまうような声。
それに聞き覚えがあった勇気はハッとし、その後ですぐに口を開いた。
「応接間に来てほしい。そこで、お前と話がしたい」
「……分かったよ」
応接間まで、二人は来た。二人は向き合って座る。そこまでの過程は……恐ろしく無機質だった。平坦でなく、最早、線すら引かれていないかのような儚さ。描写すら出来ない。ただただ行動を写し出すことになる。
ただ、二人が座ると……鈴木が口を開いた。長めの黒髪で、少しだけ幼さの残る少年が。
「君は……見覚えのある目をしている」
「何?」
勇気は思わず、聞き返してしまう。見覚えがある……など、有り得ないのだ。太三郎の煙が、勇気の顔を変えているはず。変えているという簡単な言い方では片付けられないことをしているが、ともかく、元の勇気の顔を知っている者が、彼と気付くことはないような工作をしているはずなのだ。
そのことがあるというのに、鈴木は……。彼は黒髪に紛れる黒い目に、鈍い光を灯しながら勇気を見据えた。
「もしかして……神崎勇気、かな?」
「…………!?」
目、だけで。鈴木という少年は記憶にある神崎勇気という人物と、目の前にいる他人にしか見えない神崎勇気を、眼光という極めて希薄なつながりだけで同一人物と断定した。
それを受けると、勇気は驚かされる。恐ろしいと、そう思ったのだろうか。目の前の少年の、恐ろしく黒い目を。
「違ったらごめんね。いや、印象に残った目の光だったから……。まあ、顔が違うんだから違うよね。悪かったよ……」
勇気が黙っていると、鈴木は勝手に自分の考えが違うと思い込み、謝り始めた。だが、それが見ていられなかったのか、勇気は……
「…………いや、俺は神崎勇気だ」
訂正しなおした。自分は神崎勇気であると、そう伝えたのだ。
それを受けると、鈴木は……
「…………本当? 本当に? 君、神崎勇気? ……は、はは……ククッ」
幾度かの確認を終えた後で、奇妙に喉で笑い始める。そうして次の瞬間、顔を上げ、笑顔を浮かべた。
ナイフで深く切ったような笑み。狂気を含んだ目。髪の毛が逆立っているようにも見える。見ている方が、心臓を掴まれるような気分になる笑み。身の危険は感じないのだ。ただ、人の恐ろしさ。それを目の前に見せつけられているような、深淵を覗き込むような。
鈴木はそんな様子で、椅子から立ち上がって声を上げた。
「お前は不幸になってくれたかい!? っふ、ふふぅはははぁ……ック。自殺までしたんだぁ……。傷つけられただろう? 周りの人は、何て言ってた? 君が殺したと言ったかい? いいやぁ、君は優等生って奴だったからそれはないかな。でも、自責の念にはとらわれたかな、あ? 俺が一人の人間の命を、奪ってしまったんだ……ってさ! あ? 僕はわざわざ、君を不幸にするためだけに死のうとしたんだぜ? 結果を、教えてくれよ……」
鈴木は愉快で愉快でたまらないと言うように、勇気に迫った。
反して、勇気は……
「……お前に、何も言うことはない」
椅子を立ち上がって、応接間を出ようとした。その顔には、果てしのない呆れと、失望とがあった。
「ちょっと待ちなよ。僕も君に不幸にされたんだ。それを返してるだけさ。癇癪起こす必要はないだろ? 聞かせてよぉねぇさあ……」
勇気が応接間を出ようとすると、鈴木はそれを追うように立ち上がった。だが、勇気はそれをすべて無視する。俯いて、目を合わせないようにして応接間を出る。そうしてドアをバタンと閉め、鈴木が追ってこれないようにするのだった。
応接間に残された鈴木は一人、狂気的な笑みを消し、フッと真剣な目をした……。
「……変わったね」
「……来る必要はなかったな」
勇気は建物を背にし、春の空へそう吐き捨てて歩くのだった。




