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琴の音が響き渡った

 涼の受験の結果が報告されて、しばらく……








 ある日、琴音とマーレは妖館の食堂にて向き合っていた。別に、何を話すでもなく、ただ一緒にいたのだ。

 窓からは陽光が差している。マーレは自分が吸血鬼であるために、わざわざ日陰の位置に座って琴音の方へ目を向けていた。その手には湯気を立てるコーヒーが。それを口に当てて、飲み込んで、息を吐くのだ。食堂には暖房がなく、冷えているためにその息は少し白く天井へ向かう

 一方、琴音は外からの柔らかい光が差すところに座っていた。彼女はその温もりに半ばまどろむようにしながら、マーレに目を向ける。


「なあ、マーレ」


「ん、何かしら」


 琴音の柔らかい口調の問いに、マーレもゆっくりと応える。


「本当にさ、人っていうのは……一人じゃ歩けないモノなんだな」


「……何を思ってそんな話題を出そうとしたのかは分からないけれど……まあ、そのとおりね」


「私は……本当にさ。今から振り返って見ると、愚かだったなぁって。私は本当に、果てしなく、幸せだったんだって」


 琴音はコップの縁を指でなぞるようにして、そう言う。その顔には薄ら赤い表情があった。自身の話した過去のことを、恥ずかしく思っているのだろうか。

 それを片目に留めたマーレは、フッと笑って別に問題ないと伝える。


「そんなこと、別にいいのよ。人には……いいや人じゃなくたって、何だって間違えはあるもんなのよ」


「……そんなもんかなぁ?」


「そんなもんよ。ほら」


「?」


 話の途中、マーレはトントンとテーブルを叩いて、こちらに視線を寄こせと琴音に伝える。それを受けて琴音が見てみれば、マーレが琴音の方へと手を差し伸べていた。

 その手はマーレのいる影の差した所から、琴音のいる陽光を受ける場所へと伸びていた。


 そうやって手を伸ばして、マーレは柔らかい笑みを浮かべる。


「手をつないで歩けば、誰かがつまずいても、間違っても……何もなかったみたいに歩けるものよ。支え合って、ね」


「……そう、だよな。私はこの間の事でそれが骨身にしみて分かったよ」


 琴音はマーレの言葉に微笑を浮かべながら頷いて、彼女の手を取った。


 一人の夢見る少女と、一人の吸血鬼は手を取り合うのだった。


「……あ、改めてこういうことやるとよ……は、恥ずかしいな」


「フフッ、まあ……少しね」


「……温かいな」


「そうね」











 吸血鬼は闇と表現されることがある。闇に生きる者、闇そのもの。

 ただ、闇というのはその全てが冷たいというわけではない。例えば、一人静かに部屋で集中しようと目をつむる時、目の前にある闇は冷たいだろうか。違う。それは覆うように、包むようにあなたの周りを舞っているはずだ。


 琴音の手を包んだのは、マーレという吸血鬼だ。彼女のその手は、暖かく……琴音を包んだ。守った。










 闇に包まれたところに、木の琴が置いてある。穏やかな雰囲気だ。何の光もないから、木のツヤが光らない。だから、静かに、荘厳な雰囲気を琴が闇の中に感じさせているのだ。どちらが欠けても、それはなせないだろう。お互いがあってこその美しさ。


 そんな中で、琴を乱雑に弾く者はない。闇を暴く者はない。二人は二人で、静かに、二人だけの音を奏でるのであった。











 第二部 「温かい闇の中の琴」 完

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