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それから 2

「あ……天翔さん」


 勇気は一人、涼達が学校に行くのを見送った後で食堂の片づけをしていた。琴音が朝ご飯を作ってくれたから、片付けは自分でやると言ったのだ。ララはいち早く部屋に戻り、二度寝にしゃれ込んでいる。彼女は用事があると言って戻ったために、勇気はそれに気付いていないが……

 ともかく、勇気は朝食を片付けていたのだ。そうしていると、どこからか天翔が食堂へ入ってくる。それに気付いた勇気は、手の動きを一旦止めて彼の方へ目を向けた。


「珍しい、ですね。この時間に起きてくるなんて」


「いや、今起きてきたわけじゃあないぞ。支度をしていたのだ。ここを発つな」


「え……ああ」


 天翔はスーツを身にまとっていた。彼の言う通り既に、どうやら外に出る装いである。

 勇気は一度、彼の言葉を聞いて驚くが、すぐにあることに気付いて納得したように声を上げた。


「見回りに戻るのか?」


「ああ、そうだ。もう堀田親子を助けるという目的は達成したからな。元はもう少しかかるつもりでいたから、見回りを太三郎達に任せようともしたが……まあ、自分で出来るなら自分でやるべきだしな」


「分かった、天翔さん」


 天翔の説明を受けて、勇気は頷いた。問題はない、だから行ってきてくれと表情で示している。それを見た天翔は、フッと笑った後で勇気に向かい、手を振った。


「では、頼んだぞ。まあしばらくしたら戻ってくる」


「おう、了解。じゃあな」


「ああ。ではな」










 学校。そこでは、いつも通りの日常があった。涼、鼬、マーレ、琴音が笑顔で話している。マーレは少しだけ眠そうにしながらだが、それでも四人の間には笑顔があるのだ。周りの関係ない生徒達も笑っている。

 と、四人を含め、生徒達が笑っている教室にガラガラという扉の開く音が響く。それは……


「座れ~。朝から騒ぐのもいいが、俺が来たらすぐに席へ……」


 飯田の登場を知らせる音でもあった。彼は適当な朝の会を始める文言を言いながら教壇へ立つ。そうして、生徒達を見渡すのだ。その時……彼の視界に、琴音が入る。涼達と喋っていて笑顔だったのが、飯田の登場に目を向け、真面目な顔になる琴音が。


 それを見た瞬間、飯田はあっと驚く。口元に、小さな笑みが浮かんだ。だが、それを言葉にすることはなかった。


「戻れよ。んじゃ……今日も特にないな、報告することは。じゃあ、準備して構わん」


 飯田は実に雑に朝の会を終わらせた。それを種にからかおうと思ったのか、生徒達はすぐに、先生雑ぅ~とか、そういう声を上げる。それに対して飯田は、うるさいと言った後で扉へ向かう。

 その時、彼は一度だけ振り返った。そうして目が向くのは、琴音とマーレが並んで座っている所。彼女らに向かって、彼はこう言った。


「昨日、休んだ佐々木と堀田。職員室に来て、話を聞かせろ」











 マーレと琴音は飯田が教室を出たのを見て、というか半ば一緒に行くようにして、職員室に向かった。これは三人が、職員室へ入った後の話。


 飯田は一人、自分の机に座っていた。その近く、目の前にマーレと琴音は立っている。気まずい雰囲気である。マーレと飯田にとっては昨日のことがある。だが、その雰囲気を琴音が破る。礼を言おうとしたのだろう。


「飯田先生……」


「別にいい。……堀田」


 だが、琴音の礼は途中で飯田に遮られる。


「礼は……いいんだ。俺が好きでやったことだ」


「……つっても、私は飯田先生に助けられた。命の恩人だ」


「……そう、か。まあ、礼は行動で示してくれ」


「?」


 飯田は琴音の言葉に返して、礼の言葉はいらないから、行動でそれを示してくれと言った。その言葉に琴音は思わず首を傾げてしまう。その行動とは何か、という事だろう。それを一目見ると、飯田はゆっくりと語りだした。チラと、マーレを見ながら。


「俺に対して礼になるのは、お前が幸せでいることだ。せいぜい、訳の分からないことに巻き込まれないように、長く、幸せにな」


「先生……」


「そう、巻き込まれないようにな。どこかの物騒な奴に」


「んぅ? 先生、それってどういう……」


「アンタね……」


「え、マーレ? どうした?」


 飯田は、礼は幸せでいること、それで充分だと言った。だがその途中でマーレをキッと睨み、巻き込まれないようにと釘を刺した。琴音は訳が分からないという様子だったが……マーレは飯田に睨みを返す。


 飯田が言ったのはつまり、巻き込まれないようにという事ではない。今の言葉は誰に釘を刺したのか、マーレに対してである。マーレに対し、琴音は巻き込むなよと言ったのだ。


 マーレはわざわざ分かっているようなことを言われ、イラついたのだろう。だから、飯田を睨み返した。

 だが飯田の方は全然、マーレに応ずることはない。琴音に向き直る。


「ま、俺が言いたいのはそれだけだ。幸せにいてくれ。礼は言わなくてもいい。ああいや、いつか手紙か何かを寄こしてくれればいいさ。今も、幸せでいると」


 飯田はフッと、小さく笑って琴音にそう言った。


 職員室には柔らかな陽光が差している。三人の後ろではほかの教師達があわただしく動いていたが……三人はそんなことが関係ないように幸せであった。マーレは笑顔ではなかったが。ブスッとした顔で腕を組んでいたが……


 琴音は飯田の言葉を受けて、ニカッと笑う。そうして、言ったのだった。


「分かった。毎年、手紙書くよ」


「……ああ、そうしてくれ」

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