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妖館の主

「さて、大体こんなものだろ」


(多分鼬も日本系の妖怪だろうし、和食でいい、よな? というか、妖怪って人間と食うもん同じなんだろうか……)


 勇気は一人、手探りで探し当てた妖館の厨房の中、自分の作った料理を前にして頭を抱えていた。悩むことは一つ、この人間の食事を彼らがしょくせるかどうか。


(いや、マーレは殊勝と言って、止めはしなかった。俺が人間だってことを知ってて、だ。問題ないだろ)


 勇気は自分で自分にそう理由を説明し、納得させ、頷いた。そうして、チラと厨房の中にある時計へ目を向けた。

 短針が6時と7時の間あたりに止まっている。


(そろそろいい時間だ。皆、起きてるだろ)


 勇気は根拠のない自信を胸に、目の前の料理を大きめの盆に乗せ、それを食堂へと運ぶ。








「あれ、誰もいない……いや」


 勇気は食堂に入ってすぐ、自分の目を疑った。誰もいない。自分の作った料理を食べる相手がいないのだ。

 そうして、それを信じたくなくて辺りを見回してみて気付く。端の方に一人、男性が座っている。


(誰だ? 昨日は見なかった……というか、一人分作り損ねたな、じゃあ。……自分のは後で作るか)


 勇気は盆を持ちながら肩を落とし、そうしながらもゆっくりと男の方へと向かっていく。

 そして、彼の背後へと辿り着くと挨拶をしようとする。


「おはようございます。昨日からここに……」


「神崎勇気だな?」


「…………!」


 勇気の声は男、天翔によって遮られる。彼は振り向きもせず、勇気の名を言い当てたのだ。


 気配だろうか。勇気は思考する。自分と妖怪の間にはやはり、違いがあるのだろうかと。

 だがその思考がまともな結論を出す前に、天翔が説明を加える。


「この休日の時間、起きているのは私かマーレだけ。だがあれは散歩が好きだ。特にこの時間、青い朝の時分は。となれば、昨日にここに入ってきたお前しかいるまい」


 天翔は勇気の方に軽く振り返りながら、そう解説した。つまり、お前だということは分かっていたと。勇気はそれを受け、少し緊張を解く。

 だが、多少の疑問がある。何故、自分の名はこの男に知られてたいのだろうと。それを問う。


「そ、そうでしたか。でも昨日、会ってませんよね。どうして俺の名前を?」


「ああ、それはな……まず座れ。座って話そう」


 天翔は静かに、自分の向かいの椅子を指す。そうして、その盆は脇のテーブルにでも置いておけと言って背もたれに寄り掛かった。そうして、勇気が座るのを待つ。

 勇気は天翔のそれを受け取って、素直に彼の言うようにする。


「は、はあ……分かりました」


 椅子を引いて、座る。そうする勇気の首筋には、自然と汗が伝う。その理由は、明確だった。


(……朝、マーレとの会話である程度調子が戻ってるのが分かってたが……ノイズさえない。心が、聞こえない)


 そう、未だ不安だった。人の心を聞かない、聞こえないということが。勇気の喉元に、少し冷えた感覚が走る。


 だが、それとは関係なく天翔は話を進める。


「そう、お前の名前を知っている理由だが、自己紹介と共に話しておこう」


「はい」


「私はこの妖館の主、鳥山天翔(とりやまあまと)。妖怪、自分を大切にし切れなかった人間を救うという目標を掲げた、この妖館の主」


 天翔は胸に手を当てて自己紹介をする。自分はこの妖館の主、おさであると。それを知った勇気は多少、驚いた。そうして、頭を下げる。


「そ、そうでしたか。すみません、こんな世話を焼いてもらって」


「いいや、好きでやっていることさ。礼を言う必要はない。それに、長だからと言ってへりくだる必要もない。ため口でいい」


「……分かった、天翔さん」


 勇気は天翔の言葉に頷き、その通りにする。だが、そのままとはいかなかった。さん付けしてしまう、だがそれは何故か。

 太三郎と似た雰囲気を感じたのだ、勇気は。同じ心が聞こえないという状況というのもあるが、大きいのだ。その影であれ、頭を上げきっても付き合えないような大きさ。貫禄。それを感じたのだ。


 あえて、天翔はそれに触れず話を進める。


「まあいい。一つだけ、聞いてもいいか?」


「ああ。分かった」


「……お前は心の声が聞こえるんだな? 読める、ではなく」


「え」


 勇気は思いもかけない問いにたじろぐ。自分の特質への問い。勇気はそれを、太三郎がマーレと鼬に話していたように、この妖館の主たる天翔には当然伝えられていると思っていたのだ。

 すぐに勇気は頷いて問いに答える。


「ああ。俺は心の声が聞こえる。読めるんじゃなくて」


「そうか……。お前、嫌なんだな?」


「…………?」


「人の声を聞きたくないんだな?」


「…………」


 天翔はまるで、見透かすような目で勇気の顔を覗き込む。まるで、立場が逆転したかのようだ。人の声が聞こえるのは、勇気ではなく天翔、というような。


 勇気はそれに対し、天翔の目に対し、彼のその鋭い問いに対し、多少震えた。答えられない。


「まあ、答えずともいいさ」


「……え」


「お前の問題、心が読めること以外もだが、それらはゆっくりと解決していけばいいんだ。この妖館は、助けるのではない。向き合わせるために存在している」


 天翔は語る。妖館の意義を。


「涼、鼬、マーレもそう。ここに集まる人間も、妖怪も。問題を持っている。それは自分自身と向き合うことで解決の出来るものだ。だから、ゆっくりでいいんだ」


「…………俺の問題?」


「そう。助けても、前へ歩けないことなど多い。そちらの方が、圧倒的に大量。なら、悩め。悩んで、ゆっくりと問題を持つ者と接して、解決していけばいい。しかと歩めよ、子。……では、私は用があるからここで」


 天翔は立ち上がった。これ以上、話すことなど何もないかと言うように。勇気はその威風堂々たる天翔の姿、言葉を受けてまた何も言えなくなる。

 一歩、また一歩。離れていく。天翔の背が。勇気には、その背に何かを言うことができなかった。


「ああ、そうそう」


 が、勇気が口を開く開かないに関わらず、天翔が声を上げた。それに勇気は振り返る。すると、天翔が料理の乗った盆を指で示しているのが目に入った。


「な、何だ?」


「その朝食だが、食べる奴はいないと思うぞ」


「…………へ?」


 急な話題の転換に、勇気はついて行けずにほうけた声を上げる。だが、天翔は続ける。


「妖怪と人間の食べるものはほとんど同じなんだが……」


「ん、じゃあ何の問題もないんじゃ……」


「奴らは休日、こんな時間には起きてこないぞ」


「え……だって七時だぞ? もう起きてきてもおかしくないだろ、天翔さん」


「マーレは吸血鬼だが、少し無理をして生活習慣をずらしているからこの時間は起きている。だが涼と鼬は基本的に、休みの日は九時か十時。太三郎……あのクソダヌキなんぞは昼の二時。朝は食わない」


「えぇ……なんだよそれ」


「ドンマイ。あと、私は自分で作って食べた。マーレも。一人分浮いてしまうな」


 天翔は同情するよ、という表情で勇気に示した。勇気はそれに対し、全くです、とでも言うような表情で応える。


 二人共、共にこの館に住む他の住人達のちょっとした自己中心さに、呆れてため息を吐いた。天翔は自分もであるが、勇気は彼をも含めてだ。なんとも、報われない良心。


「ま、そういうことだ。じゃあな、精進しろよ」


「はい……うん」


 天翔は勇気が残念だと肩を落とすのを振り切って、食堂から立ち去ったのだった。

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