教師飯田
「何で先生がここに……」
「それはこっちのセリフだ。それに……」
マーレは鼠田にとどめを刺そうと、彼の首筋に槍の刃先を当てた。そうして、それを引こうとした瞬間だった。槍を持つマーレの腕はある男に捕まれる。真夜中、裏路地に現れてマーレの暴力を止めたのは、飯田であった。
飯田とマーレは向き合うと、お互いに驚いた表情をする。当然だ。マーレにとっては自分が復讐を行っている現場に教師が現れた。飯田にとっては、自分の生徒がヤクザの男を殺そうとしていた現場に居合わせた。二人共、驚愕の嵐に頭を支配されることだろう。
だが、いち早く飯田が正気に戻る。
「どんな力があるかとか、何故槍を持っているのかとか、そういう話は置いておいて……お前は、この男を殺そうとしていたのか?」
彼は一番、重要な点を聞いた。何故にこんな夜に歩いているのかでなく、何故物騒なものを持っているのかではなく、後ろで驚愕に目を見開いている少年は何者なのかではなく……生徒が、殺しをしようとしていたのかどうか、を。
問いを受けると、マーレは飯田の手を振り払おうとしながら口を開く。苛立たしげだ。
「そうよ……。文句ある? 琴音を……陥れた男よ。学校に行ってる間だけでもわかってたでしょ? 琴音がおかしいって。こいつは、琴音をああした男なのよ。殺して、何が悪いのかしら」
揺らぎのない目で、マーレは飯田を見上げてそう言う。その表情には、静かな怒りがあった。止めてくれるなと、そう顔で言っている。
だが、飯田はそれを受けても全然、揺らがない。マーレの肩を掴んで、言う。
「何が悪いとか、そういう物じゃあない!」
そして、次に飯田の目はマーレの後ろに立っている勇気へ向けられた。彼の事に気付くと、飯田はそちらに目を向けて言葉を吐く。
「お前もだ! お前、こいつの友達だろ。こんな夜中に一緒にいるんだからな、さぞ仲がいいんだろ。だったら、止めてやれよ!!」
飯田はガラにもなく、必死に声を荒げてそう言った。だが、それに対して勇気はドライに、乾いているかのように応える。
「いや……俺も止める必要はないと、そう思っていたから止めなかったんだ」
「……なに?」
「アンタが、マーレの先生だってのは分かった。どういう人なのかも、何回か聞いてる。その上で、言いたいんだ。親友を、親友の親を殺そうとした男を、仕返しで同じ目に合わせようってのはそんなに悪い事なのか?」
「……お前」
飯田は勇気の言葉を受けて、思わず体の力が緩み、マーレの肩から手を下ろしてしまう。それは、打ちのめされたからだ。二人の目を見て、突き放されたように感じたのだ。
自分達の報復が正しいものとする勇気とマーレの目は、飯田の目と同じような色をしていた。奥に、暗い何かが含まれている色。
「……もういい」
飯田はため息をついて、肩を落とす。何かを、諦めたようだった。そうしてすぐそばに倒れている鼠田に目を向ける。
「そいつは俺が持ち帰る」
「……許すと思う?」
飯田の言葉に対して、マーレが口を開く。その表情には未だ苛立ちがあった。だが、飯田はそれに落ち着いて対処する。
「別に、警察に突き出そうというんじゃない。こいつがしたことは、まあ分かっているつもりだ。俺の生徒、お前の親友をあと一歩で殺す所だった……。こいつは俺で、死なないくらいに罰を入れる」
「……殺さないの?」
「お前の気にすることじゃない佐々木。……それに、俺には力の限り、生徒が幸せでいるようにしなくてはならないという義務がある。教師だからな。それには、お前の手を汚させるわけにはいかないんだ。血の付いた手で笑ってても、それは幸福じゃない」
飯田は倒れていた鼠田のことを肩に背負いながら、背にするマーレにそう言った。そして、自分よりも巨体の鼠田を持ち上げる飯田は、何もないかの様子で続ける。
「その様子なら、明日には来れるだろ? 出席しろよ。じゃあな」
飯田は夜の暗闇の中に、鼠田を背負ったままで消えた。
それに対して、勇気とマーレは何も言うことが出来なかった。飯田の、自身達よりも暗い目に圧倒したのもあるが……二人は自分達があまり、いいことをしていないと気付いていたのだろう。
飯田の言葉が、胸に刺さったのだ。




