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鼠田との対峙 5

「つっ、この野郎……!」


 勇気は鼠の状態になっている鼠田に指を噛まれた。正確に言えば尻尾を掴んだ状態から、鼠田が自分のその小さな身をブランコのようにして勇気の指に自分の歯を届かせたのだ。

 指を思い切り噛まれ、勇気は顔をしかめる。捩じ切れるほどではないが、事が終わった後に跡が残る程度の傷だ。血が、彼の指からドクドクと流れる。そして、勇気は思わず尻尾を離してしまったのだ。


 勇気の隙は、すぐに自分のことを心配せず、それをマーレに向けたこと。


 ともかく、鼠田は自由になった。彼はその身が自由に動くようになるとすぐ、勇気の手を這い、服の上から首の方へと走る。


「っ、勇気! そいつ、首の方に上ろうとしてる!」


 傍から見ていたマーレは、鼠田が勇気の体を首の方へと昇っていることに即座に気付いた。そうして知らせれば、勇気は焦燥を顔に浮かべ、自身の体を這いあがる鼠田を弾こうと手を動かす。だが、鼠は素早い。勇気の手をかいくぐり、彼はすぐに勇気の首元にまで辿り着いた。


「く、クソ!」


(……私が手を出すと、勇気がまずい……)


 マーレは自分の手の槍を握りしめる。その拳には汗が伝う。そうだ。勇気の体を傍から見れるとはいえ、マーレは鼠を弾く訳にはいかない。それは槍を使って、勇気の体に振るってしまうことになるからだ。


「こっ、こいつ……くっ」


 結果的に、鼠田は勇気の首元にまで上り詰めてしまう。そして、その白い肌に牙を突き立てるように、マーレに対してその姿をアピールする。そのままで、動かない。それは……


(牙を突き立てられたくなかったら……って、言いたいのかしら)


 勇気もマーレも、動けない。鼠田が勇気の首に、その牙を突き立てんとしている姿勢を保っているからだ。緊張のある空気が、二人と一匹の間に流れる。


 その中で、鼠は勇気の首をジリジリと動く。牙を出したまま、つまりマーレと勇気に脅しを続けたままで。そうして鼠田は、マーレの死角に入る。勇気の首を陰に、彼女に見えないところにまで移動したのだ。すると……


「甘い、詰めが甘すぎる」


 鼠田の声が響く。見てみれば、彼は鼠の姿ではなく、人間の姿に戻っていた。暗闇の中でハッキリとは見えなかったが、勇気の首の陰に隠れた時、変わったようだ。そうして人間の姿に戻ると、彼は勇気の首を押さえ、懐からナイフを取り出して突きつける。


「動きを止める工夫をすることだったな。鼠は素早いし、器用なんだ。握られていたとしても、抜け出せたはずだしなぁ」


「くっ……」


「……勇気を離しなさい」


 勇気の命が鼠田の手の中にあるのを理解したマーレは、目を見開いて、勇気を離せと鼠田に言う。だが、それを受けても鼠田は全然、指示に従う様子はなかった。ナイフを更に勇気に近付け、声を上げる。


「何でだ? ともかく、逃げるまでは離さないさ。お前のその槍で、貫かれたくはないからな」


「…………」


「槍を捨てて、両手を上げろ」


「…………」


 鼠田の指示、脅しを受けてマーレはその通りにする。槍を手放して、その両手を挙げたのだ。それを見ていた勇気は、何とも言えない。人質になっている身分で、何を言えるだろうか。彼は黙ったままで、成り行きを見届けるしかない。


 マーレが自分の武器を手放すのを見ると、鼠田は口元に笑みを浮かべながら、裏路地をそのままで抜け出そうとする。


「いいか、動くなよ。動けば、こいつの首を掻っ切る」


 鼠田はニヤつきながらも、未だ余裕がないような表情をして勇気を引っ張る。そうして、マーレから離れようと……


 だが、彼女は黙っていなかった。


「私、吸血鬼なの」


「……あ?」


 マーレは急に、自分の種族のことについて語る。自分は吸血鬼だ、と。その唐突過ぎる行動に、思わず鼠田は疑問の声を上げる。

 だが、マーレはそんなことにも構わず続けた。


「それでね、吸血鬼は体を蝙蝠にしたり出来るんだけど……」


「うっ、うるさい! どんな意味があるか分からんが、とりあえず黙れ!」


 鼠田は、得体のしれないマーレの行動を止めようとする。だが、構わない。


「その体を分けた蝙蝠でも血を吸うことが出来るの。つまり、寿命が吸えるんだけど……」


「黙れっ!!」


 鼠田は声を荒げ、マーレの口を閉ざそうとする。それほど、マーレの行動は奇妙で、意図が読めなかった。友人が人質にとられているというのに、自己紹介を始めるなど、鼠田にとっては意味不明すぎて怖いだろう。


 だが、そんなことにも構っていられなくなった。鼠田は、勇気の首にもう一度、改めてナイフを当てるのだが……


「おい、こいつがどうなってもいいのか! 殺すぞ、ああっ! もういっぺん口を開いてみろ、そん時は……」


 キー……キー……


「……あ?」


 鼠田の言葉の途中、妙な音が裏路地に響く。その音を耳にすると、思わず鼠田は口を止め、その音のした方向へと目を向けた。その音の発生源とは……


 鼠田が腕を回している勇気の首元だった。そしてその首元、彼の服の中から、その音の発生源と思われる蝙蝠が、顔をのぞかせていたのだ。


「うわああァァァぁぁ―――ッ!!」


 思わず、鼠田は悲鳴を上げて勇気の首から腕を離す。当然だ。さっきの話を聞いていて、蝙蝠の近くにいたいと思うわけもない。


 この一連の流れは、全てマーレの思惑だ。


 さっきのマーレの説明はこのためだったのだ。つまり、恐れを抱かせること。そうすれば、彼女の仕込んだ蝙蝠の発する恐怖と驚愕が、より際立つ。それからどうして、鼠田がこの蝙蝠をマーレのモノと確信したかだが……。こんな街中に蝙蝠がいるわけもない。十中八九、目の前の吸血鬼のモノだろうと判断したのだ。重要な、いつの間にか勇気の服の中に蝙蝠を仕込んだかは後に。


 ともかく、鼠田は頼みの綱である人質、勇気を離してしまう。勇気を前に着き飛ばし、自身はその場に転がってしまったのだ。当然、自分の命を刈り取るかもしれない蝙蝠が突然自分の目の前に現れたのだから。

 マーレはその隙を突く。さっき手放した槍を足で蹴り上げて手で掴み、尻餅をついている鼠田に投擲したのだ。槍は全く、揺らぐことなく鼠田の腕へ。そして、彼の腕の肉を突き刺した。


「ぎゃあぁァァァ―――っ!!」


「うるさいわね、近所迷惑でしょ」


 マーレは余裕を持って鼠田に歩み寄り、彼の腕に刺さった槍を引き抜いた。血が噴き出る。致死量ではないが、それにしても多い。だが、マーレはそんなことに構わず、槍を持ち直し、冷酷な目でそれを鼠田の首に突き付けるのだった。


「もう一度、鼠になったら踏み潰すわ」

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