鼠田との対峙 3
「串刺しにしてやるわッ!!」
マーレは鼠に変化した鼠田が床を駆けるのに向かい、手に持った槍を振るう。だが、それが鼠田を捉えることは出来なかった。それは、彼があるところに入り込んだからである。
「なっ、こいつ通気口に……!」
マーレの槍の攻撃を、鼠田は通気口に逃げ込むことによって回避したのだ。いくら鉄の扉を簡単に割くマーレの槍も、コンクリートの壁をそのまま切り裂くことは出来ない。それを理解したうえで、鼠田は鼠の体の小さいのを利用し、通気口に入ったのだ。
「本当に小賢しい……早く出てきなさいよ!」
マーレは苛立った様子で、通気口のそばの壁を思い切り蹴る。壁にひびが小さく入り、それが彼女の怒気を表現しているようだった。
だが、彼女の様子を後ろで見ていた勇気は鼠田の目的が槍の攻撃を回避することだけではないと気付く。それは、彼の耳が捉えた情報に基づいたもの。
(こいつ……通気口に引っ込むだけじゃなくて……動いてる? つまり……逃げるつもりか!)
勇気の捉える鼠田の心の音は、通気口の奥へとドンドン動いていたのだ。それが示すことはつまり、この部屋から離れること。だが、それだけではない。
(このままいけば、外に出る。まずい……)
通気口なのだから、当然外につながっているはずだ。鼠田に攻撃できないこの状況が続けば、彼をこのまま逃がしてしまうことになる。それを、勇気はすぐにマーレへ伝える。
「マーレ!」
「あ、なに?」
「あいつ、逃げようとしてる。通気口を伝って、外に出るつもりなんだ!」
「っ! それは……まずいわね」
勇気の話を聞いて、マーレは顔をしかめて俯く。だが、すぐに顔を上げて勇気に目を向けた。その顔に、さっきまで含まれていた焦りはない。何かしらの案を思いついたと言わんばかりの顔だ。
「……私が霧になって追うわ」
「え……あ、そういえばそんなことが出来るんだったな」
マーレは自分の体を変容させることが出来るという能力を使って鼠田を追うと宣言する。だが、それだけでは話は終わらなかった。
「うん。だけど、それだけだと足りない。勇気、アンタにも手伝ってもらうわよ」
「何だ、何でも言ってくれ」
マーレの作戦には、どうやら勇気の手も必要らしい。そのことを聞くと、勇気は何でもすると言ってドンと胸を叩いた。それを見ると、マーレは安心したと言うように頷いて、自身の作戦について話すのだった。
(あのガキ共、完全に只者じゃねえ。こうなりゃ、逃げるしかない!)
鼠田は暗い通気口の中を、鼠の姿をしながら走り抜けていた。勇気とマーレのいる部屋から少し離れた所である。そうして彼は、鼠の姿でもわかるほどに焦り、汗をびっしりと体につけていた。体毛がてかって見えるほどだ。
そんな中で、彼の思うことは自分の身の安全である。
(クソッ! あの堀田とかいう親子に手を出してから不幸な事ばかりだ。訳の分からん男に目を潰されるわ、ガキ二人に殺されかけるわ、一体なんだというんだ畜生めッ!!)
鼠田は自分の受難と、現在の危機を嘆いていた。そうしながら、全速力で走っている。
だが、そんな彼の後ろへ何かが迫ってくる。それを、何かの気配を感じ取って気付いたのか、足を止めて彼は恐る恐る振り返った。暗い通気口の中、鼠田を追うのは……
赤い、煙の塊であった。それを見つけた鼠田は、鼠の姿のまま飛び上がり、また焦りの汗を全身に噴出させ、全速力で走り始めた。
(なんだ、なんだなんだ! 何だって言うんだ!? あの女か。男は何かほかの能力を持っているようだった。女が……クソッ! もういい、逃げるだけだ!)
鼠田は一心不乱に、後ろから迫る赤い霧から逃れようと足を回転させる。
そうして、それはなった。赤い霧を、鼠田は引きはがすことに成功したのだ。どうやら、霧になった状態のマーレはそこまでのスピードを出せないらしい。鼠田の足の方が勝ったのだ。彼はそれを後ろをチラと振り向いて確認すると、小走りにまた先へ走り始める。
(引き離せた……どうやら、そこまでの速さはないらしい。予定通り、このまま外へ。こういう時のために、わざわざ道順を覚えていてよかった……)
鼠田は小走りに、元から向かおうとしていた脱出口へ向かう。
しばらくして、鼠田の視界に周りより少しだけ明るい模様のようなものが入ってくる。それは横に棒が何本か、影になって縦に重なっているような模様。出口だ。少しだけ明るく見えるのは、月明かりが少しだけ入ってきているのだろう。
それを見ると、鼠田は小走りから全速力に変え、一秒でも早くと出口へ向かった。
(やった、これで勝ち、逃げられる。さあ……これで!)
出口へ辿り着く。そして、鼠田は通気口のへりに足をかけ……
外に飛び出した。
(安全!!)
これは何度も言っている事ではあるが、事はそううまくは運ばないものである。
「掴まえたぞドブネズミ!」
鼠田は、通気口の外で待ち受けていた勇気に尻尾を掴まれたのだ。要するに、捕まってしまったのだった。




