鼠田との対峙 1
「マーレ、後ろに下がれッ!!」
「金がかかる、その分の貸しだッ!!」
男……鼠田はデスクを下から持ち上げ、目の前にいる勇気とマーレに向かって放り投げる。凄まじい力でデスクは前に舞った。当たれば、骨が二、三本折れてしまうほどの力だ。
だが、それを予期していた勇気とマーレにとって、躱すのは容易だった。後ろに飛び退いて、デスクが飛んでくるのを避ける。二人の前に、デスクがひどく大きい音を立てて崩れ去った。
ともあれ、依然二人に傷はない。勇気の前もっての呼びかけもあって、二人は簡単にデスクが迫るのを回避できた。
だが……
「ん」
「クソ野郎、どこに行ったのかしら」
鼠田は消えていた。デスクを二人に向かって投げ飛ばした後に、いなくなっていたのだ。元いた場所に煙すら残さず。その事態に流石に二人は動揺し、辺りを見渡す。
「どこよ……どこに隠れたっての? あのデカさで」
「…………」
だが、その動揺は長く続かない。勇気のみではあるが、その動揺は動揺でなく、焦燥に変わったのだ。
(この音……男はこの部屋から消えてない。そこに……マーレの後ろ!)
勇気の耳は、未だ鼠田がこの部屋に残っていることを示していた。そして、彼の心の音がマーレの後ろにあるという事も勇気の優秀な耳は捉える。
認識すると、勇気の次の行動は早かった。振り向いて、並び立っていたマーレの背後を見たのだ。
そこには拳を振り上げ、暗い表情をしていた鼠田の姿があった。
「危ないマーレッ!!」
「え、わっ……」
勇気は鼠田の姿を捕らえた瞬間、マーレのことを弾き飛ばした。彼女を助けたのだ。だが、鼠田の拳が振り下ろされるであろう位置に自分を置いてしまう。結果、嫌な音が鳴った。肉が肉を強く打つ、嫌な音だ。勇気の顔面が、殴られた。
「ぐっ!」
「勇気!」
勇気は殴られた勢いで、そのまま壁にまで吹っ飛ぶ。背中を壁に打ち付けられ、彼は吐血した。彼を心配する声をマーレが上げる。しかし勇気は、その声に応えることが出来ない。目は開いているが、ぐったりとしている。
だが、そんなことには関係なく鼠田はそこに立っている。彼は壁に寄り掛かっている勇気のことを見て、口元に笑みを浮かべた
「物騒なものを持っている小娘から仕留めたかったが、フン。まあいい、一人、削れたも同然なんだからな」
いやらしい笑みと言葉だ。それを耳にしたマーレは、先ほどからずっと怒りを目に含んでいたのに、更に強い怒気を目に注入して彼のことを見る。彼女の目には、地獄のような赤があった。
「アンタ、ただじゃすまさないわ。死んだほうがマシと思わせてやる」
「……やれるものなら、やってみるんだなガキがッ!!」
マーレの目を見止めると、鼠田は声を荒げ、マーレの方へと走り寄った。それを受けると彼女は槍を構え、彼の突進に待ち構える。
だが、彼はマーレの槍の間合いに入る前に行動を起こした。先ほど、床にぶちまけたデスクの上にあった紙の束を拾い上げ、マーレの目の前に投げつけたのだ。大量の紙が、マーレの周りを舞う。
「っ、小賢しいっ!!」
マーレは自分の視界が紙に覆われるのを、手を払って回避した。だが、結果として彼女の視界は一瞬だけだが紙に奪われた。その一瞬間が、仇となる。
「ああ? また……畜生め、クソ虫みたいな奴……」
マーレの眼前から、またしても鼠田は消えていた。虚空しかなかったのだ。彼女の目の前には、自分と勇気が倒した男が倒れているオフィスが広がっている。
それを知覚すると、マーレは槍を構えたままでゆっくりと辺りを見回す。
一方、勇気。勇気は口から血を吐いて、壁に背を預けながらも意識をハッキリとさせた。そうして、耳に神経を集中させる。すると、彼の耳にこういう情報が。
(なんだ……奴の心の音が、動き回っている。小さい? それに……素早い、いや、遅いのか? ともかくは……)
勇気は自分の耳に入ってきた情報を、よく考える暇はないと判断する。そうして、力を振り絞ってマーレの方へ目を向けた。
「マーレッ!」
「勇気、大丈夫なの?」
「そんなことはいいから、壁に背を預けろ! そうすれば、さっきみたいに後ろを取られることもない!」
「っ! そ、そうね……そうする」
勇気はとりあえず、マーレの身の安全のことを心配したのだ。彼にとって、一番心配なのは仲間の身の安全。だからこそ、耳が捉えた情報を後回しにする。
勇気の指示を受けて、マーレは冷や汗を浮かべながら勇気の反対方向の壁に背を合わせる。その後で、勇気に問う。その顔には焦りがあった。
「勇気、さっきのは……一体何だったのか分かる?」
とりあえず、後ろが取られないという状況を使うのだ。さっきのと、そして今、鼠田が姿を消したその事象についての相談に。
「……分からん」
「瞬間移動、かしら。本当に、音もなく、視界にも入らずあのデブが私達の後ろにいるなんて……それしか」
「いや……」
「ん、何かあるの?」
マーレの瞬間移動という説を、勇気は否定する。そうして、彼は自分の耳が捉えた情報と、それによって考え出した対策について語った。
「分からないが、この部屋の中にいる……だが、よく分から……」
だが、そこまで言いかけて、勇気は口を止める。あることを思いついたのだ。それには、説明を止める必要があった。行動だけを、起こす必要がある。
「ともかく、だ……」
勇気は壁から背を離して、しかとその足で立つ。そうして、口元から漏れる血を手で拭い、目を見開いた。
「俺がお前を守る。だから、お前はそこでジッとしていろ!!」
そうして、部屋の真ん中に立った。後ろを取られ、不意を突かれる可能性のある中心へ。




