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報復 2

 勇気とマーレは既に、ビルの中に入っていた。その中は暗く、一つの部屋しか明かりがついていない。だが、そんな中を二人は全く、意にも介さず進んできた。鍵のかかった扉があると……


「邪魔ね」


 と言って、マーレがその手に持った槍で切るのだ。一振りで、鉄の扉はまるで紙のように破ける。だから、二人は全く鍵の心配だのをする必要はなかった。そうして、しばらく歩き、いくつかの階段を上ると……廊下が二人の立った場所から伸びている。そこまで来ると、勇気が口を開いた。


「この階だ。少し遠くから聞こえる」


 彼の耳は、この部屋に自分達の目的があると捉えたのだ。その報告を聞くと、マーレは廊下の方へと足をむける。


 二人の傍を、闇が這う。現在の時刻は十一時ほど。そんな時間だから、ビルの中のどの部屋も、ほとんど電気がついていない。廊下にも明かりがないのだ。明かり……と呼べるかは分からないが、一つだけ輝くものはある。それは、緑の蛍光版だ。非常口を示すもの。それのみ、暗い廊下を照らす。全然明るくない。二人の足元にも、その緑の光は少し触れるかどうかという程度だ。


 そんな中で、二人は少しだけ声が聞こえる所にまでたどり着く。声というのは、心の声ではなく、実質的な音として捉えられる声。

 複数人の男のそれを耳に止めると、二人は足を止め、顔を見合わせる。そうして、一つ目の前の扉を見た。


「あそこね……。間違いない?」


「ああ、嫌な感じの気持ちが聞こえてくる。……だが」


「ん、どうしたの?」


 勇気は少しだけ顔をしかめる。それを見たマーレは、首を傾げて彼に問う。なにか妙な事でもあったのか、と。そう聞かれた勇気は、冷や汗を首筋に流しながら口を開いた。


「中に一人、妖怪がいる……」


「……なるほど。じゃあ、ただの仕返しとはいかないわね」


「……妖怪も、良い奴ばかりじゃあないんだな」


「まあ、今更でしょ……。私達みたく、穏健な方が珍しいの。さ、行くわよ」


 勇気は一瞬だけ、妖怪にも悪い奴がいるのだなと嘆く。だが、マーレはそれに真っ直ぐ取り合わない。槍を構えて、扉に向かうのだった。


「そうだな。よし、準備はいい。行こう」


「オッケー。じゃあ……」


 勇気の言葉に頷くと、マーレは構えた槍を……扉に向けて振るう。すると、ここに来るまでの扉もそうだったように、目の前の扉は紙のように吹き飛んだ。

 マーレが扉を破ったその先には、白い明かりが包む小さな事務所があった。そこには、机の上にのせてあるパソコンに向かっていたスーツ姿の男達が複数人。その誰もが、驚いた表情で二人の立っている扉の方を見る。当然、自分達の部屋の扉が切り刻まれたら驚くだろう。


 だが、そんなことにマーレは構わず……槍を振り上げて、声を荒げた。


「アンタらのことを踏み潰しに来たわ。アンタらが踏みにじって来た人間に変わって、何倍にも返してやりに来たッ!!」


 そう宣言する。琴音の仕返しをしに来た、と。


 それを聞いた男達は……


「何だ急に!?」


「ぶっ飛ばしてやる!!」


 と、椅子から腰を浮かせて立ち上がった。その男達の内には、デスクの引き出しの中に手を突っ込む者が複数人。それを見た、そして彼らの心の声を聞いた勇気は、彼らの先の行動を読む。


(銃? まずい……。とにかく、取り出させちゃいけない)


 勇気は自分達にとって危険な男達のことを、先に潰そうとした。まずは、行動を封じること。彼は手近なデスクの端を掴み、持ち上げ、それをそのまま銃を取り出そうとした男二人の方へとぶん投げる。


 彼はどうやら、本当に人間ではないらしい。人間が普通のデスクをそのまま持ち上げることが出来るだろうか。


 それはともかく、勇気の投げたデスクは空中を舞い、男達の方へ……


「うわッ!」


「なっ、何を……ッ!」


 勇気の放ったデスクは的確に、男達の目の前へ。それに驚いた彼らは、とっさに飛び退いて勇気の攻撃をかわす。だが、勇気の本命は為された。


(とりあえず、銃は取り出せない)


 勇気の投げたデスクによって、男達が手を突っ込もうとしたデスクは潰れた。彼のとりあえずの目的は達成された。だが……


「テッメエ何してくれてんだ!!?」


「ぶっ殺してやる!」


 男達は健在。大人の男二人が、勇気に向かって走り寄ってくる。その懐から、蛍光灯の光を受けて輝くナイフを取り出しながら。

 だが、勇気はそれに落ち着いて対処をする。


(右から……刺突。なら……)


 先に勇気の方にまで走り寄った男は、勇気の腹へとナイフを突き出した。それを、勇気は体と腕で挟み込んで止める。そうして、彼は流れるように……


「あぎゃあぁッ!!」


 男のナイフを持った腕を折った。流れるように、ためらいなく。男の手からナイフが落ちる。ナイフは床に落ちて、カランカランと、金属が金属を弾く音が。その無機質な音は、勇気の心を表しているようである。

 それを見たもう一人の男は、勇気のその躊躇のない行動を目にして怯える。


「おっ、お前……」


「さて……」


 勇気は腕をへし折った男のことを離し、床へと落とす。すると、男は悲痛に声を上げながら身もだえた。だが、勇気はそんなものに全く目を向けず、少し離れた所で戦っているマーレを見た。


 彼女は……全然問題なさそうであった。槍を手に、三人の男を相手している。だが、男三人は全く、マーレに触れることすらできていないようだった。それは恐らく、勇気の最初にとった行動のおかげもあるだろう。銃を出されていたら、彼女はそこまでうまくやれていなかったかもしれない。


 それをチラと見た勇気は安心し、怯える男に向かった。そうして……


「何を怖がってるんだ?」


「……は?」


 問う。そうして、男の方へと歩み寄った。


「罰を受けるだけだ。お前達のしてきたことの……」


「……な、何がじゃねえんだよこの異常野郎がッ!!」


 勇気の問いに、暴言で返した男はそのまま走ってナイフを振り上げる。


 だが、それも勇気には読まれている。それに、彼には人間を超える腕力があるのだ。だから、人間の男に負ける道理はない。勝つしかない。


 彼は男が攻撃してくる方向を呼んで、フッとそれを躱し、その後で……


「お前の罪状は、人の権利をむさぼったことだッ!!」


 右の拳を握りしめて、男の顎に思い切り向かわせる。それは的確に男の下顎に命中した。勇気の拳に、骨が折れる感触が返ってくる。どうやら、顎が砕けたようだった。その痛みに、男は悲鳴を上げながら壁まで吹っ飛ぶ。


「アがぁっ!!」


 男は壁に背を打ち付けられ、砕かれた顎のまま、悲鳴を上げてそのまま床に落ちる。


「……顎が割れた、のか? まあ、丁度いいくらいだろ。お前の顎と琴音達の権利、釣り合うかどうかは分からないが」


 男が気絶するのを見届けながら、勇気はそう呟いた。右の拳についた血を、左手で拭うようにしながらそう言う彼の姿は……


「終わったのかしら、勇気?」


「ん、ああ。お前の方は?」


 勇気が一人、拳を撫でていると彼の背にマーレが声をかける。どうやら、彼女の方も三人の男達を叩きのめしたらしい。彼女は親指で後ろを示し、勇気の問いに答えた。


「他愛なかったわ。んで、まああとは……」


「ああ」


 互いの状況を確認し終えると、勇気とマーレは同じ一点に目を向けた。


 その一点とは、今は気を失っている男達のいた部屋の奥である。部屋の奥には、一つの大きいデスクがあった。そのデスクに、一人だけ座っている男がいたのだ。勇気とマーレはそいつの方へと目を向けて、口を開く。


「あいつだけ」


 大きなデスクに座っている男は、前歯が口からはみ出していて、片方の目を眼帯で隠した大男であった。

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