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変わる覚悟

 勇気、マーレ、ララ、琴音が食堂で昼食をとっていた時だ。妖館の玄関が開く音がする。そうして、四人がそちらの方へと目を向けていると……食堂への扉が勝手に開く。そこには、天翔が立っていた。


「あ……天翔さん」


「帰ってたのね」


 勇気とマーレは彼の姿を見止めると、そう声を上げた。それに対して、天翔はああと小さく頷いてから、琴音に向かう。話さなくてはならないことを、告げるためだろう。反して琴音は困惑しているようであったが、そんなのには構わない。天翔は口を開いた。


「堀田さんの娘……琴音でいいな?」


「え……ああ、はい。そう、です」


「そうか、では琴音。伝えなくてはならないことがある。……お前の、母親が見つかった」


「ッ!!」


 天翔の言葉に、琴音は目に見えて驚く。それは勇気達三人も同じであった。顔を見合わせ、天翔の方に疑問を投げる。


「もう見つかったのか?」


「琴音のお母さん、無事なの?」


「……どうして、ここに連れてきてないの天翔さん?」


 三人の内、勇気とララは天翔の言葉にそのまま疑問を返した。だが、マーレだけは違った。彼女は天翔の言葉と、今、彼が一人でいることに違和感を感じたのだ。そして、それを問うた。

 そのマーレの問いを耳に入れると、琴音もその違和感をしかと感じ、天翔のすぐ前で問う。


「そ、そうだ……。えっと、と、鳥山さんでしたっけ。か、母さんは……どこに」


 行方不明だった母親を見つけてくれたという立場のために、あまり強くは問わないが……琴音の様子には、必死なものがあった。それを一目見て、天翔は本当に申し訳なさそうに、ゆっくりと語る。


「堀田さん、愛音さんを見つけたはいいが……彼女はどうやら、自責の念にとらわれすぎていたようだ」


「……も、もしかして……」


「いや、最悪なことにはなっていない。なっていないが……彼女はどうやら、琴音、娘の不幸が自分によるものだと勘違いしてしまっているらしい」


 琴音の動揺を落ち着かせるようにして、天翔は続ける。


「要して……彼女はどうやら、お前には会いたくないらしい」


「……っ!」


「どっ、どうして!?」


 天翔が、結論を口にした。すると、勇気達は目を見開いて驚き、琴音はそれをすぐ言葉にして表した。彼女が一番驚いたし、それによって大きく影響を受ける者だからだ。


「か、母さんが私に会いたくないって、そんなどうして!?」


 琴音は悲壮な顔をして、天翔に詰め寄る。丁寧語を使うことなど、遠くに置き忘れて。その様子を受けて、それでも天翔は落ち着いた様子で彼女に言い聞かせる。それは、彼の言ったことがまぎれもない事実だからだ。


「すまないが、彼女が言ったことなんだ。自分のせいで、お前に何もかもを捨てさせてしまったと嘆いている。今、お前に会えばまともでいられないだろうと言って、会わせようとするのを断られた。……時間が必要なんだろう」


「……捨てさせて、しまった……。そういえば、手紙にも……」


「努力はしよう。私も、お前のことを愛音さんに報告して、彼女の心が溶けるのを待つ。だから……すまないが、待ってくれ」


 天翔は、琴音にそうやって言い聞かせた。自分が愛音に、琴音に会うよう声をかけるから、辛抱してくれと。これは、普通から見てみれば相当に無茶な言い分である。つまり、母親と引き離された挙句、居場所が分かっても会わせてもらえないのだから。いくら母親自身がそう言っても、娘から言わせてみれば、無理矢理にでもと言っていいくらいである。


 だが、琴音は……俯きながら歯を食いしばって、頷いた。そう、頷いたのだ。


「……分かった。母さんが……そう思っちまう原因を作ったのも……私。私が無茶をしちまったからだ。私の責任。それに、鳥山さんは……母さんを見つけ出してくれた。この上ない恩だ……。ありがとう。そう、ありがとうって言っても、我儘なんて言っちゃいけない、よな」


 琴音は俯いて、暗い顔をしながらも、その感情を抑えた。つまり、母親に会いたくて会いたくて、たまらないという焦がれる気持ち。それを抑えた。立派なものだ。

 その言葉を受けて一瞬だけ天翔は驚き、だがそれでも静かに言った。


「そうか……酷なことをさせている。本当に、すまないな。本当なら今すぐにでも会わせたいが……」


「大丈夫、です。母さんの気持ちが解決するまで待ちます。……ありがとう、ございます。鳥山さん。母さんのことも、私の世話も……」


「いや、いい。私がしたくてしている事だ。気にしなくていい。それと……」


 天翔は話が一区切りついたことを確認すると、他の話へと移ろうとする。琴音はそれに対して、少し首を傾げることで相槌を打った。


「ん……どうしたんです?」


「お前の、今後だ」


「あ…………」


 天翔の言葉を聞いた琴音は、自分の状況を改めて思い返し、失念していたと顔を真っ青にする。


 分かりやすく、彼女の今の状況を説明しよう。金もなく、家さえないも同然。ヤクザがいて、いつ来るか分からないのだから戻る訳にもいかない。奴らがいないにしても、今の彼女を一人で暮らさせるのは無理だろう。今の精神状態が続いているのは、親友が近くにいるという状況があってこそ。つまり……


「お前を家に戻らせるわけにもいかない。心配だからだ、二重の意味でな。精神的な意味でも、奴らのことも。……ヤクザがいただろう?」


「ああ……そうだな」


「ヤクザ?」


 天翔の言葉に、話の蚊帳の外であったマーレが食いつく。いや、食いつくのではなく、ただ疑問に思って眉間にしわを寄せただけだが……彼女のその表情には、明らかな怒気があった。だが、それを口にはしない。


 天翔と琴音の会話は、マーレの表情の変化には関わらず続く。


「奴らのこともある。それで、家に帰れないとすると……」


「い、家も金も……ない」


「ああ、そうだな。だから……以後も、この妖館で面倒を見てやろう」


「……えっ! そんな……」


 天翔の言葉に、琴音は驚いて申し訳なさそうな顔をする。面倒を見てもらうと、ハッキリと伝えられて動揺したのだろう。いや、元から帰れる状況ではないのだから、こうなることは大体予想がついていたかもしれないが……彼女には先を見据えることは出来なかった。だから、驚愕したのだ。


 だが、琴音はそのままではなかった。前までなら、いや、いいとでも言うかもしれなかったが……


「…………」


 チラと、彼女は勇気達が立っている所を見る。彼らは心配そうな表情で、琴音の方を見ていた。そうして、それを見た琴音は……天翔に向かって、頭を下げる。加えて……


「お世話になります!!」


 と、そう言うのだった。それを見て、天翔は思わず驚く。あまりにも、ヌルッと前に事が進み過ぎたからである。まるで潤滑油を塗りたくったかのようだ。


「お、おう……。やけに、素直だな。いや、言われたいというわけではなかったが……お世話にはなれないとか、言われるものかと」


「いや、確かに前ならそう言ってたかもしれませんけど……今も昔も、一人で生きてるんじゃあないってこと、つい最近、親友に教えてもらったので」


「……そうか」


 天翔の言葉に、琴音はそう答えた。そうして、頭を下げながら勇気達の方を見た。そうして、少しだけ笑って見せる。その顔には、感謝があった。おかしさとかで笑うんでなく、ただただ幸福で、自然に体の奥から出てくる笑み。それが琴音の顔に咲くのを見た勇気達三人は、琴音と同じように笑顔を浮かべるのだった。


 琴音が素直に、そして真っ直ぐと善意を受け入れるのを見た天翔は、そうかと頷いた。そうして……


「妖館へようこそ、琴音。お前が両足で立てるようになるまで、面倒を見てやろう」


 そう、伝えるのであった。

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