希望、ここに咲き乱れ、鳴り響いて
「……言っておくけどよ」
琴音は赤い顔をしながら言う。そうしながら、彼女の手は動いていた。その手は何をしているのか、ギターの弦の調節である。
前回に彼女、そして勇気達の話をした時のことを説明しよう。ララが、琴音に彼女の歌を聞きたいと言ったのだった。
これはその後のこと。
琴音の歌を聞きたいというララの言葉を聞くと、すぐに勇気とマーレも大きく頷いて琴音に歌を歌わせようとしたのだ。恥ずかしがった琴音はそれを断ろうとしたが、助けられた手前、拒むわけにも……と、そう考えて彼女は頷いてしまった。遠慮がなくなった少女、とはいっても、それは助けを求める時にのみ限るらしい。
さて、話を戻そう。琴音は弦を調節しながら、薄ら赤い顔で語る。
「前まで作ってた歌は……どうも歌う気にならない。なんかこう、前向き100%な歌で……気分じゃないんだ。だから、これから歌うのは結構前にこんなのもいいかなって、そういう風に思った曲を使う。でも、歌詞は一切書いてなかった。だから、これから即興で頭に浮かんできた言葉を使う。満足に弾けないかもしれないし、歌えないかもしれないけど……いいか?」
琴音はそこまで言って、顔を上げる。どうやら、調節は終わったようだ。だが、その上げた顔に待っていたのはマーレの叱咤である。
「保険はいいから、早う」
「うぐっ……ひ、ひどい言いようだな……」
琴音は少しだけ顔をしかめて、マーレの言葉をそのまま受ける。そうしてその後で、勇気とララに目を向けたが……彼らは好奇心に目をキラキラさせていた。助けてほしいという意を視線に込めた琴音は、全然、それが得られないと知って肩を落とす。
(……いや、いいかもしれない)
だが、すぐに琴音は思いなおした。そうして、ギターのピックを持つ。
(感謝を伝えよう。皆に、後で涼と鼬にも聞かせてやるんだ……)
ピックの端を、弦に当てた。そうして、一本一本ゆっくりと弾く。確認だ。歌を歌う前、最後の確認。それを終えると……
「んじゃ、題名も即興で……う~ん。じゃあ、Walk in Rain emsemble(雨を一緒に)」
ピックを、弦に振り下ろした。
気だるい雨の中 息詰まる闇の中 そんな中で私は見つけたんだ
明け方で寒い中 かじかんだその指で 掴んだのさ 揺ぎない友の気持ち
「よかった。アンタが、思い直してくれて」
「…………はい」
天翔は、女を連れて人気のない道を歩いていた。女とは当然、愛音であるが……二人が歩いていたのは、灰色の街である。そんな中を、二人で歩いていたのだ。
愛音は目を真っ赤にして、未だ肩が震えている。天翔はそれを、あまり見ないようにしながら歩いていた。愛音に気遣っての事だろう。あまり、見過ぎないようにすると。
そうして歩いている時、天翔は思い出したようにして愛音を振り返る。
「アンタの娘……琴音だったか。琴音は……」
「あの……」
「ん、どうした?」
天翔の言葉を遮るようにして、愛音が口を開いてしまう。狙ってやったことではないのだろうが、天翔は愛音の話したいことを優先させた。愛音はその厚意を受け取って、先に自分の話そうと思ったことを口にする。
「その……娘。琴音には……しばらく、会えません」
「……何?」
天翔は思わず、愛音に聞き直してしまう。当然だ。愛音は、あれだけ自分の娘の笑顔が見たいと泣いていたのに、それなのにどうして……どうして会えないなどと言うのだろう。二人を阻む壁はないはずだ。
天翔の疑問を受けて、愛音は説明する。
「その、私の心の問題なんです。……生きようとは、思えました。自分の想いが、間違っていなかったことも教えられてハッキリと、ようやくわかりました」
「……ああ、それで?」
「でも、自分のことをまだどうしても信じられないんです。私は、琴音と一緒にいては、あの子のことをまた不幸にしてしまうと……そう、思うんです。今、会うとしても……多分、まともな状態では会えない。だから」
愛音はそう語った。つまり、自分のことを信用できていない状態で、琴音には会いたくない。余計に彼女を不幸に陥れてしまうかもしれないと、未だ不安らしいのだ。
それを聞いた天翔は、そうかと俯いて言う。
「……寂しがってたぞ」
「……すいません」
「……分かった。無理は出来ない。だが、いつか……いつか、絶対に会ってくれるか? 今は逃げていてもいいんだ。逃げるのは罪じゃない。だから……まあ、前向きに検討してくれ」
天翔は愛音の言葉に頷きながらも、言外には早く会いに行ってやってほしいと言った。彼がそれを望むのも当然だ。それに、愛音の言葉に頷いてしまうのも。彼は愛音の心のことをよく分かっていた。見せつけられたのだ。どれだけ彼女が娘を心配し、自責の念にとらわれていたのかも……
「はい、分かりました……」
愛音は静かに、頷くのだった。
今 思い返すとさ その手はずっと 私のすぐ傍に
そう 私だけだった 一人じゃないと 気付いてなかったのは
「……お前達には、未来がある」
学校では、授業が行われていた。その授業の内容は、道徳である。道徳について、飯田が教壇の上で声を上げていたのだ。彼の言葉を、涼と鼬を含めた生徒達は静かに聞いていた。
「未来とは、可能性だ。如何にもどこの誰でも言いそうな臭いことだが……。前を向いて歩いていれば、いつか可能性を現実に出来る。その上で、一番大事なことを教えてやろう。それはな、仲間の存在だ。一緒に雨の日でも、雪の日でも、照り付ける太陽の日でも、一緒に歩いてくれる仲間だ。少なくとも、俺にはそれがいた。だからこうして、教師としてここに立っている」
そこまで言って、飯田は窓の外に目を寄こした。外は、気持ちのいい晴れであった。それを見上げて、飯田はまた口を開く。
「だが、それさえ掴めなくなった時は……俺に連絡を入れろ。金と異性との付き合いのこと以外なら、面倒を見てやる」
そう言って、飯田は少しだけ笑った。そのよく分からない言葉は……あまり、生徒にはウケていないようであった。だが、悪い雰囲気ではない。薄い黄色のような、そんな雰囲気がふわふわと教室の中には舞っていたのであった。
それをつくりだす飯田を見て、頬杖をつきながら涼は思うのだった。
(やっぱり、悪い人には思えないのよねぇ……飯田先生。でも、本当に……ありがとうね。琴音の手を、最初に掴んでくれたんだから)
彼女の思うことは、飯田への感謝であった。
そうさ オリオンだって 一つじゃあそこまでは光らない
きっと 名前をだって 付けられないくらい どうでもいい存在だった
それは 人間だって おんなじことで 一人じゃ歩けないんだ
その手を 繋ぎ合って そう それでこそ 輝けるのさ
さあ 雨を一緒に ……歩こう




