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始まり

……………………


「……ハッ!!!」


 勇気は激しく上体を起き上がらせた。その直後……


「大丈夫!?」


「あ、起きた」


「急に耳塞ぎ始めたかと思ったら倒れるから、めっちゃ吃驚(びっくり)したぜ」


「随分と人騒がせな奴じゃの」


 色濃い面々が、彼の覚醒を迎える。勇気がベッドを激しく揺らさんばかりに起き上がったのに対して、妖館で彼が会った五人が彼の様子を見ていたのだ。表情はそれぞれだが、皆、少なくとも勇気のことを心配はしていてくれたようだ。


 しかし、諸君もそうだと思われるが……


「あ、えっと……急で悪いが、何がどうなったんだ? 耳を塞いでから何も覚えてない……」


 勇気の記憶は自分の耳を塞いだところで途切れていた。故に、今自分がベッドで寝ているという状況が理解できずにいたのだ。それを、起き上がってすぐ、素直にその場の全員に問いかける。


 それに対して、一番近くで彼が横たわっているのを見守っていたのだろう涼が、問いに答える。


「アンタ、耳を押さえ始めた後で急に倒れたのよ。だから、今は私達で介抱していたの。言っておくけど、もう夜よ」


「夜、そんなに長い間……。ん、耳を塞いで……倒れた。あ」


 勇気は涼の言葉によって思い出す。自分の耳に入って来た、おぞましい異音を。


「うっ……」


「大丈夫か?」


「あ、ああ。んくぅ……っ」


 勇気はその音を一瞬思い出し、吐きかけて口を押さえた。彼はそれを心配した鼬の言葉を、一旦適当な言葉で追いやってまで口を押さえるのに集中する。


 そうしてしばらく、勇気の喉から焼けるような嘔吐の気配はなくなり、腹の調子も戻って来た。それを見計らって、勇気は口を開く。


「……ふぅ、これから迷惑をかけるのに、すまない。心配をさせた」


「い、いや。大丈夫だけどよ……」


「すごい気分悪そうだけど、一人でやすむ? 私達は別に、今日来たばかりだからと言って冷遇するつもりはないけど」


 マーレと鼬は勇気のことを心配し、顔を覗き込む。だが、勇気はそれを軽く流して問う。


「あ、ああ。じゃあ甘えさせてもらう。それで……聞いていいか」


「ん、何。私達が答えられることなら、何でも」


 勇気の問いに対し、涼は自身の身を乗り出してそう言う。彼女の表情は必死そのものだった。


 どうしてそうなったのだろう。急に勇気が倒れたのを目にして、動揺しているのだろうか。あるいは、窮地を救ってもらって心の距離が近くなっているのかも。


 そんなことは関係ない。ともかく、勇気は頭を抱えながら、軽く涼に礼を言う。


「ありがとう。聞きたいことだが……」


 そうして、まずは語る。


「俺はさっき、多分気絶する前。音を聞いたんだ。……実は」


 勇気はマーレと鼬の方へと目を向け、話しづらいと顔で言っているかのような表情で話し始める。


「実は、俺は人の心の声が聞こえて……」


「ああそれ、話しておるから気にせんでもええよ」


「……先に言ってくれよ。ま、まあそれで……」


 勇気が真剣な顔で二人に語ろうとしていたことを、太三郎が横から入ってぶつ切りにしていく。無神経なことだ。勇気にとって、一番の秘密だろうに。勇気はその言葉を受けて、頭を抱える。

 が、それならば話は早い。そうプラスに考えて、勇気は話を進める。


「嫌な音が聞こえた。……病院みたいな」


「…………ん?」


 一般人の理解が追いつかない言葉に、勇気以外のその場にいた全員が首を傾げる。病院みたいな音……匂いならまだしも、音とは? 病院みたいな音とは、サイレンみたいなものだろうか。


 結局、考えるのを放棄した鼬が問う。


「いや、病院みたいな音ってなんだよ」


「あ、すまない。俺の中で半分、当たり前みたいになってたから……それで、その病院みたいな音ってのは、すげえ嫌な音なんだ。絶望とか、怨嗟とか、喪失、憐憫れんびん……。そういうのが渦巻いて、金属に爪を立ててるみたいな音を混じらせてる感じだ」


 勇気は思い出したくないものを思い出して脂汗を首ににじませ、顔をしかめて額を押さえる。そうして、その場の四人に対して必死な様子で問う。


「なあ……この辺りに、病院みたいな……人が、絶望を感じるような場所があるのか? 外を見た時は、そんなことないように思ったが。なあ、どうなんだ?」


 脂汗を顔に浮かばせて問う勇気のその様子は、まるで砂漠で水を求めるかのような表情だった。病院のようなものがないでほしいという強い願望だ。それが命をつなぐ水を求める意思と同等、それ以上と感じさせるほどの必死さをもって彼はそう言っていた。


 勇気のその言葉に対し、一同は……


「………………」


 沈黙で応えた。つまり、あるということだろう。勇気はそれを見て、肩を落とす。それを見てか、太三郎が口を開いた。


「まあ、すまんが耐えてもらうしかないの。どうしても、そこにあるものじゃから」


「……そうか」


「そういうの、防ぐ方法とかはないの?」


 涼が問う。だが、そんなことが出来れば勇気はそこまでの落胆はしないだろう。彼は涼へチラと目を向けて、ため息交じりに応える。


「いや、できない。調子によるんだ。日によってはものすごい遠くの、それこそ何キロ離れていても特定の人物の音が聞こえてしまう時がある。稀ではあるが……」


 実際のことを勇気は語る。彼の心の声を捉える聴力は、彼自身の調子によって激しく右往左往するのだ。時には、何キロ先でも、と。

 それを聞いてしまった、そしてそれをどうしようもない一行の表情は、太三郎を除き、にわかに暗くなる。


「あ……でも、今は全く、何も聞こえない。お前達のも。何でだか、心の声が何一つ聞こえないんだ。理由は分からないが、ともかく、気にすることはないよ」


 一同の表情を見た勇気は、繕おうとしてか、今の自分の状況を語って彼らの気を落とさぬようにする。そうして、もう一言。


「それに、俺はお前達にすっげえ感謝してるんだ」


 彼はぽつりと、その場に、ベッドの掛布団のすぐ目の前に落とすかのように小さく言った。それを耳に入れると、その場にいた全員が俯くのをやめ、彼の顔を見上げる。

 勇気の顔は、静かな幸福に満たされていた。


「ほとんど初めて……優しさに触れられた。希望を見いだせた。涼だけじゃない、この場にいる全員の……フワッて音が……救われたよ」








 これは、他人の心が聞こえてしまう少年、神崎勇気の物語。彼が魑魅魍魎との生活を通して、自らの欠けた部分に気付き、また妖館の住人達の欠点にも気付き、それを普遍に収めることができるようになるまでの物語。つまり、彼の更生の物語と言ってもいいだろう。彼の曲がってしまった信念を、真っ直ぐに、光り輝く物へ変えるような、そんな。

 きっと、諸君にも届く……


 カッコつけるんじゃないわよ


 別にいいだろ、少しくらい


 ま、そうだよな。カッコつけたくなる


 そういうとこ、本当に子供みたいだよね


 はぁ……実際、子供なんだから


 あん? 生き物ってのは下に毛が生えてきた時から男女構わず……


 アウト!!

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