夢を抱いて
妖館では勇気とララ、琴音とマーレが食堂にいた。
大雑把に、前までの彼らの状況をまとめよう。
勇気とララと琴音の三人が話していたら、急に琴音が自身のギターがないと騒ぎだした。飯田に夢は持っていろと言われて家から持ち去ったはずの、である。そのために、琴音の焦りようはすさまじかった。そうして勇気とララがそれを落ち着けようとしていると、マーレがそこに現れたのだ。琴音のギターを持って、ドヤ顔で。
これは、そのすぐ後の話。琴音はマーレが食堂に自分のギターを持って現れたのを目に止めると……
「マイベイビーッ!」
そう叫びながら、マーレの方へと突進していった。そうしてマーレの持っていたギターを手に、そして胸に抱きしめる。それを後ろから見ていた勇気とララは、
「マイベイビー?」
と、同時に呆けた顔をして首を傾げるのだった。それを目の端に止めたのだろう、マーレは二人に遠くから説明する。
「こいつ、自分のギターに雨の寂しさなんてキザな名前をつけてんのよ」
マーレの説明を受けると、ああと勇気とララは納得する。少し前に琴音が歌手になるのが夢であると聞いたし、そのためにギターを練習していたと聞いていたからこそ、すぐに呑み込めたのだろう。
そんな風に、三人が琴音と彼女のギターについて話していると、当人が顔を上げる。それの向く方向は、マーレである。マーレの方を、涙目になって見上げたのだ。
「マーレ……いつだ? いつ、取ってきてくれたんだよ。本当に……」
琴音は圧倒的感謝という表情でマーレにそう言った。だが、マーレにはそれを受け取るつもりはないらしい。寧ろ、首をすくめてそれは自分の手柄ではないと言う。
「いんや、それは私が取ってきたもんじゃないわ。アンタと勇気が先に帰ったあの時、涼が思い出して持ち帰ってくれたみたいなのよ。だから、礼は涼に言いなさいな」
「そうか……うん、分かったよ。でも、ありがとうな」
琴音はマーレの言葉を受けて、静かに頷いた。その後で、自分の夢が手元に戻ってきてくれたことをかみしめるように、両腕にギターを抱きしめた。その様子は、本当に昨日にあそこまで追い詰められていた少女とは思えない。
そうして、琴音はしばらくその感情に酔う。それを尻目に、思い出したように勇気はマーレの方へと目を向けた。
「ん……そういやマーレ」
「何かしら?」
勇気の声を耳にして、マーレは食堂の入り口辺りから勇気とララが座っている所へと歩み寄ってくる。それを目に止めながら、勇気は彼女に問おうとした。
「お前、体の調子はもういいのか? 昨日は随分と……」
だが、勇気がそこまで言った時だった。
グシャッ
「いぎゃいっ!!」
勇気の足は、マーレに踏まれる。思い切り、その音が少し離れていても聞こえるほどに。それを片目に入れたララは思わず顔を青くし、口を押えて……
「うわっいたそ」
と、呟くのだった。
勇気はララの言葉には気づかず、というよりも気付く余裕はなかった。それほどまでにマーレの足に込められていた力は強かったのだ。だが、重要なのはそこではない。彼女が何故、勇気の足を踏んだのか、だ。そう思いなおした勇気はマーレに問う。
「おいマーレ、どうしてこんなこと!?」
「……琴音には秘密にしてるの、私が昨日、具合悪くなったって話。余計な心配させちゃうでしょ?」
「あっ……」
勇気の問いに、マーレは少しだけ声を抑えて答えた。どうやらその意識の先は、後ろで未だギターを抱いている琴音に向かっているようだった。つまり、言葉の通り琴音に余計な心配をさせたくなかったのだろう。声が聞こえてしまえば、マーレの具合が悪かったのに気付かれる。
それを察した勇気は、口をサッと押える。もう余計なことを言わないように、とのことだろう。それを見てマーレは深くため息をつき、頭を抱えて愚痴をこぼした。
「チッ、男ならそのくらい気を遣いなさいよ。……鼬といい、アンタらは空気も女のことも分からないのね」
「ぐぅ……ぐぁぁ」
その愚痴は、勇気の心にグッサリと刺さる。出血もするくらいの鋭さだ。鼬であったならば、もっと効いていただろう。勇気は胸を押さえてテーブルに突っ伏してしまうのであった。
と、そんな時だ。
「……ねえ琴音」
「ん、なんだ?」
ララがふと、口を開く。彼女の向いた方向には、琴音がギターを抱いているのがあった。琴音はララに呼ばれると、ハッとして顔を上げる。加えて、ララが急に琴音のことを呼んだのを聞き、勇気とマーレも彼女の方へと目を向けた。
そうして三人の目が集まると、ララは満面の笑みで、こう言ったのだった。
「琴音の歌、聞いてみたいな」




