忘れ物
「流石に今日は、学校に行かせないわよ?」
「ま、まぁ……分かってるよ。うん、ただ……」
妖館の玄関、涼と鼬は制服に着替え、学校のバッグを持っていた。朝の時間にそんなことをするのは、もちろん学校に行くためである。加えて、勇気、ララ、そして琴音が二人を見送りに来ていた。マーレはその場にいない。勇気が先ほど部屋に訪れた所、どうやら体を動かすのがだるいから外には出ないとのことだった。
涼は玄関から外に出る直前、後ろに振り返って琴音に釘を刺した。お前には今日、学校に行かせないと。当然だ。昨日までのことを鑑みて、逆に行かせる方がおかしい。
だが、琴音は涼のその言葉に対し、一旦渋る。だが、そのすぐ後で涼に頼み込んだ。
「飯田のこと、確認してきてほしい。それと、もしいたとしたら……堀田琴音が、本当にありがとうって言ってた、って伝えてくれ」
琴音は真剣な表情で、涼に真っ直ぐそう伝えた。自分を助けてくれた人間に、ありがとうと伝えてほしいと。それを受けて、涼は……笑顔で頷いた。
「了解よ。それと、琴音も無事だって、伝えておくわ」
「……! ありがとう。じゃあ……いってらっしゃい」
涼が頷くのを見て、琴音は一瞬だけ、驚いた。その驚愕は、フラッシュするような喜びからだろう。自分の頼みを、一瞬も嫌だと思わずに了承してくれた、と。
その後で、琴音は涼に手を振った。それに合わせて勇気とララも手を振り、いってらっしゃいと言う。
涼と鼬は、三人が手を振るのを受けながら玄関の外へと歩いていくのだった。
「……んで」
勇気、ララ、琴音は涼と鼬の二人を見送った後で、食堂へ来ていた。来ていたというより、三人で集まるにあたって、そこ以外なかったという事だが……三人は、随分と暇そうであった。
昨日まで琴音は絶望と希望の起伏の波に揺られていたが、現在、安定している。親友がそばにいて、とりあえずの生活にも困らない。それに、彼女は頼るという行動に中々、ためらいがなくなっていた。勇気とマーレの言葉の影響だろうが、元からすれば全然、真反対な人間というほど。だから、彼女も暇という感情を久しく感じることが出来たのだ。
だが、そのことはある意味で良くあり、ある意味ではちょっとだけ苦しい事でもあった。つまり……
「学校行かないのって、こんな暇なんだなぁ……」
琴音は一人、呟いた。それを耳にすると、勇気とララも白い顔で頷く。
「まったくだ……」
「んぅ……そうだねぇ」
三人の間に、気まずいまではいかないにせよ、緊張が広がる。黙ったままで、しばらくの時間が過ぎて……その後で、琴音は思い出したように呟いた。
「……そういえば、ギター」
琴音が呟いた言葉を耳にして、勇気とララがそれに気を取られて彼女にチラと目を向けた。見てみれば、琴音は青ざめた顔をしていた。最初、呟いたときはそこまででもなかったが……勇気とララ、両者の視線が集まるころには琴音の顔は蒼白になっていた。
そうなったすぐ後で、立ち上がって彼女は必死そうに言った。
「ギターッ! 忘れてきちまった……先生に、夢は掴んでろって言われてたのに!!」
「お、おい……琴音。どうしたんだ」
琴音のただならぬ様子に、勇気は腰を浮かして彼女のことを心配する。ララもそれにつられて、琴音の方を見上げた。
「だっ、大丈夫? ギターって……」
「私、歌手になりたいんだ。それで、ギターを練習してて……ああ! あそこだ。一人で泣いてた時、置いてきちま……」
だが、琴音がそこまで言った時だった。
「これのことかしら?」
食堂の中に、声が響く。それは勇気、ララ、琴音の三人以外の声だ。だが、妖館の中にいるはずの人物の声。
三人は、その声のした方向へとゆっくり目を向けた。そこには、ギターを片手に持って示し、優しく笑っているマーレがいたのであった。




