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一人じゃない

「うん……それでな。無理をしない方がいいって言うのはな……」


「もう一回セクハラしてみろよ? ぶっ飛ばす」


「うん……うん、分かった」


 勇気は頬を赤くはらしながら、琴音に向かった。分かっているとは思うが、勇気が頬を赤くはらしていたのは琴音にはたかれたからである。その理由はまあ、また、またなんだが、勇気が女子にセクハラまがいの予言のようなことをしたからである。涼と初めて会った時のようなことを、彼は琴音にもした、という事だ。


 それでまあ、そんなことはどうでもいい。勇気はゆっくりと、コンソメスープを入れたコップを口の端に当てながら言う。その様子は、真面目そのものだ。


「話を戻す。不安定から抜け出したと思って、無理はしないもんだ。経験があるから言うが、な」


「……え、経験がある?」


 勇気はゆっくりと、経験があると言った。琴音は文脈から、勇気が自分と同じような極限状態を経験したことがあると予想する。

 勇気はつづけた。


「そう。こう、まあ……精神も体も、意味が分からないくらいに疲弊しきった経験だよ」


 琴音の予想は当たっていた。だが、だからと言って驚かないわけではない。琴音はつばを飲んで、勇気の話の先を聞こうとする。


「……それで?」


「あんまり詳しくは話さないんだが……。人を助けようとしたことがあったんだ。でも、拒まれた。そしてそいつは、そのまま自殺した。なんでか、俺を恨んでるとか言ってな」


「…………そんなことが」


「重いだろ? その後は、まあ説明しなくても分かるだろうが、泣き叫んで三日三晩を過ごした。でも、俺はその後でも自分一人で走ろうとした。無理をして、自分に鞭を打ってな。まあ……想像が追いつくだろ」


 勇気はそこまで言って、琴音に問う。それに対して、琴音は静かに俯きながら答えた。


「体、壊れちまったのか?」


「ふっ、そんな表現が生ぬるいほど……。いや、不幸自慢はしないが、まあいい奴に会うまでは、な。……んじゃまあ、言いたいことをまとめるよ」


 勇気は自分の話をそこまでにして、話をまとめる。


「無理はするなよ。そういう時は、積極的に支えられに行った方がいい」


 そう言って、フッと優しく笑った。それは、手を差し伸べてくれる……親友の。琴音はそれを見て、一目見ただけで、瞬時に理解した。それを、それが自分に差し伸べられる手だと。


「……ふ」


 琴音は勇気の笑顔を受けて、笑ってしまった。小さく、だが確かに。それは、おかしくって笑うのではない。自分の、今までそれが目の前にあったのに気付かなかった愚かさを、滑稽に思ったのでもない。

 彼女は、マーレのことを思い出した。涼のことを思い出した。鼬のことを思い出した。ララのことを思い出した。そうして、勇気を見た。それでようやく、分かった……思い出せたのだ。その五人が、自分の親友達が、最初から手を差し伸べてくれていたという事を。


「……こんなにも温かかったんだな。初めて……気付いたよ」


「……ああ。俺も、少し前にそれに初めて触れた」


 琴音の口から不意に漏れた言葉に、勇気は静かに応えた。そうして、ゆっくりと彼女の方へ目を向ける。


「いいよな。寄り掛かれるものがあるって。自分の足だけで立ってるんじゃないっていう確信は」


「……うん。思わず全身の力を抜いて、床に沈み込みたくなる」


「繋ぐ手があって、引いてくれる手があるのが……嬉しい。嬉しくて、笑みが出てきちまう」


 そうして二人は、酔うのだった。自分達には、支えてくれる者がいるのだと。いいや、支えてくれるのではない。一緒に立ってくれる。一緒に歩んでくれる、そういう仲間がすぐ横にいるというその事実が心地良いのだ。

 まるで、冬に入る風呂の温もりような。まるで、道に舞い散る花の香りのような。まるで、丘に降る柔らかい光のような。まるで、草原に吹く緩やかな風音のような。まるで……












「……やっぱ、おいしいなこれ」


「ああ。俺が作ったんだからな」


 まるで、冷えた朝に飲む風味のきいた温かいスープのような。


 あらゆる感覚に訴えかける。親友がいるのだ。いるんだ。ああ、俺は……私は、一人じゃない。

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