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ちょっと間違えた、優しい心配

「んぁ……」


 琴音は一人、部屋で起きた。彼女は眠気から落ちそうになる瞼をこすりながら、上体を起き上がらせる。そうしてまずは、自分が家にいないという事を把握した。


(そういやぁ……私は……。昨日、あのまま眠っちまったのか。体が、少しだけだるい。でも多分、熱はひいてるだろうな……。マーレ達のおかげだ)


 琴音は部屋の中を見渡して、ゆっくりと今置かれている自分の状況を把握する。妖館の一部屋、琴音にとっては、親友達が暮らしている孤児院の一部屋。そうして、外からは青い光が差している。朝だろう。それも、結構早い時間だ。恐らく琴音にとって朝早くに起きるというのは、習慣化されていたのだろう。


 そこまでを把握した琴音は、目をこすりながらベッドの脇に足を下ろした。


「手伝わないと。せめて、世話になってるんだから……でも、パジャマしか貸してもらってない……」


 手伝おうと決心して、立ち上がったのだ。だが、琴音にはパジャマしかなかったために、そのままで部屋を出る。


「まあ、誰もいないだろうし。いたとしても、マーレか涼、ララだろ」


 男はいないだろうと、そういう安い推測で彼女は厨房へと向かった。













「あれ、勇気?」


「ん、琴音か、おはよう」


 琴音は厨房に入った。妖館の中を探して、それを見つけたのだ。


 そして中に入って様子を見てみれば、厨房の中には勇気がいた。彼はフライパンを振るっている。琴音が予想していなかった、男子がそこにいたのだ。

 きっと、琴音は女子は真面目なもんだから、早く起きて朝食を作っているんだろうなとか、そういう予測をしたのだろう。だが、真反対だ。涼、マーレ、ララの三人は絶対にそんなことはしない。


 二人は顔を向き合わせると、互いに不思議そうな顔をした。だが、それは長く続かない。琴音が、顔を真っ赤にして自分の肩を抱いたのだ。


「みっ、見ないでくれ勇気!」


「……え」


「ね、寝間着姿なんて、見せたくないんだよぉ……」


「あっ、ああそうか、すまん……」


 どうやら、琴音は自分の姿が恥ずかしいらしかった。それを耳にした勇気は、慌てて自分が手を付けていた料理に向き直る。そうして菜箸を持ち直しながら、何故か、ホッとする。それは、あることを思い出したからである。


(そう、だよな。寝間着姿を見られるのは、普通恥ずかしいよなっ、うん)


 勇気は、昨日にマーレの寝巻姿を見てしまったことを思い出していたのだった。


 っと、そんなことは関係ない。少しすると、恥ずかしさのせいでのぼせていた琴音の頭が冷めてくる。そうすると、彼女は自責の念に襲われ始めた。つまり、私は世話になっている身分なのに、どうしてこんな自己中なことを言ってしまったんだろう、と。

 琴音はすぐ、その意を行為に移す。


「わ、悪い! さ、さっき言ったことは、忘れてくれ!」


「んぁ……これまたどうして?」


 琴音が必死に謝るのに対して、勇気はフライパンの中の卵をかき混ぜながら首を傾げる。全く、全然分からないという様子だ。

 それに対して、琴音は自分のしでかしたことに関して謝り続ける。


「いや……世話になって、助けてももらったのによ。見るな、なんてそんなこと言っちまったから……」


「ああ、そんなことか。ふふ……全然大丈夫だ。謝ることじゃあない」


 琴音の謝罪に、勇気は一瞬振り返って、呆れたように笑った。それを見た琴音は、少し顔を赤くしてもじもじする。


「そ……そうか?」


「そうだ。そのくらい、普通だ。寧ろ、自分が普通だったと思い返せて非常にいい気分をした」


「……え、どゆこと?」


「あいや、なんでもない。こっちの話だ」


 勇気は首を振って、また料理に向き直る。


 勇気の言葉を最後に、彼と琴音の間には沈黙が広がった。気分が悪くなるような沈黙じゃない。ふわふわと、二人の間を包むような感じの沈黙だ。それは温かくはない。夏の日に鉄パイプを触るような、涼しげな心地よさを持った沈黙だ。


 勇気はその沈黙の中で、料理を終えた。すると、琴音の方に振り返り……コップを二つ持って彼女に示した。


「琴音」


「ん……それ、なんだ」


「スープだ。気を楽にしないか?」











「……はぁ。あったかい……」


 琴音と勇気は、朝の冷えた空気が支配する食堂に入った。そうして勇気の誘いどおり、二人はコンソメスープを一つのテーブルで飲んでいたのだ。


 琴音は青く冷えた空気に湯気を静かに立てるコンソメスープを口に含み、喉に通す。それは、彼女のことを芯から温めた。その温もりに、彼女は思わず表情をほころばせる。


「おいしい……。優しさが口の中に含まれてるような感じする」


「優しさ? ……塩分か?」


「冷めること言うなよ。三百円くらいで売れそう。麺突っ込んでも売れそうだ」


「誉め言葉か、それ?」


「そうだよ。めちゃくちゃすげえぜ? こんなコップ一杯で、三百円しそうだって思わせるくらいにうまいよ……」


 勇気と琴音は少し、他愛ない話をして少し笑った。抱腹絶倒するような話では全然ない。ただ、幸福だと感じさせる静けさと共に来る小さな笑みを、二人は確かに口元に浮かべたのだ。


 そんな中で、勇気は口を開いた。


「琴音、手伝いに来たのか、さっき?」


「え、あ、ああ……」


 勇気は静かな目をして、琴音に言った。お前は、手伝いに来たんだろうと。自分の意志を言い当てられて、琴音はどぎまぎとする。だが、勇気はそれに構わず続けた。


「無理、しなくてもいいんだぞ」


「……え?」


「昨日、あんなことがあったんだ。熱にもなってた。いくらうまくいったとしても、少しは残るもんだ。疲れは」


 勇気は、コンソメスープの茶色の水面(みなも)が揺れるのを見ながら、琴音に言った。そうして言うことに、無理はするなと、と。

 だが、琴音はそれを受けて、首を振った。


「……でも、私は皆に世話になってるんだ。少しくらいは……」


「無理をするってのは、よくないことなんだ。……お前が今、思ってることを当ててやろうか?」


「……え」


 勇気は、コップを手に持って琴音に向かった。そうして、琴音にお前の思っていることを言い当ててやると言ったのだ。琴音は彼のそれを、少しだけ顔を青ざめさせて見た。

 二人の間には、また沈黙が広がる。それは、少しだけ緊張のある沈黙だ。


 勇気はその中で、自信満々に琴音に言い放った。


「お前は朝から、ずっと続いている腹痛に悩まされているなッ! そしてそれは、せいr……」


 だが、彼が最後まで言い切ることはなかった。それは彼の言葉、その先を読んだ琴音が……


「勇気の馬鹿ッ!!」


 勇気の頬を、思い切り叩いたからである。

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