妖館の住人との出会い、そして……
勇気と涼の目の前には、一組の男女が立っていた。
まず少年。茶色の短い髪をして、ただの少し元気な少年、というような見た目だ。そこらで友人と走り回っていそうな、そんな雰囲気を纏っている。マフラーを首に巻いていて、それを握りながら勇気と涼へ視線を向けている。
次に少女。彼女は真紅の短い髪に真っ白い肌と、端正な顔立ちをしている。通りで歩いていたら、思わず振り返ってしまうほどの美しさと、可愛さ。それが真っ赤な髪が引き立てている。だが、元の美貌を飾る笑顔はなく、無表情……というよりは、赤の髪と対照的に冷たい表情をしている。
その特徴的な見た目の二人は揃って同じ学校のモノと思われる制服を着こみ、勇気と涼のことを怪訝そうに見ていた。特に勇気の方を、だ。
少女が彼に、軽く冷たい目を向ける。
「涼、その子は新入り? そういう匂いはしないけど……人間? 脱臭は終わってるみたいね」
「ちょ、そんな言い方することはないだろ、マーレ。えっと……」
警戒をするような表情の少女、マーレを制止して茶髪の少年が勇気と涼の前に立つ。
「俺は鎌田鼬。後ろのはマーレだ。……お前は? 何て名前だ」
鎌田鼬と名乗った少年は、好意的な様子で勇気に向かう。しかしその顔に浮かべられた笑みは、少しだけ、ほんの少しだけ引きつったものだった。
それに対し、勇気は耳をそば立てながら応える。
「俺は神崎勇気。さっき、涼に助けてもらった人間だ」
「人間……か」
「やっぱり……」
(怪訝? いや、マーレの方が警戒で、鼬は不安……?)
勇気の耳に、鼬とマーレの感情が薄らと入ってくる。ノイズ混じりではあったが、その大まかな色くらいは把握できる。そこから、勇気は彼らの感情がどうもプラスでないことを一瞬で察する。
(……涼と太三郎さんは言ってなかったが、何か、人間がいちゃあ面倒なことでも……)
「言っておくけど、マーレ、鼬。勇気はアンタ達が思ってるような人間じゃないわよ」
「ん?」
勇気が思考を巡らして、鼬とマーレ、自分との間をどう取り持とうかと考えていた時だった。彼の脇に立っていた涼が、前に進み出て口を開く。
だが、そうした彼女の言葉をまだ信じ切れないらしいマーレは、また勇気にジトリとした目を向けた。
「思ってるような……って、何かしら。ここにいるってことは、自殺したってこと。それでもって、自殺した人間に良いも悪いもない。よく分かってるでしょ」
「ま、まあまあマーレ。……で、涼。そう思う根拠は?」
「……こいつ、自殺したこいつを連れている時、私をフツヌシから自分の身を捨ててまで助けてくれたの」
困惑を露わにするマーレと鼬に対し、涼は今日にあった事実をそのまま、簡略化して二人に話す。すると……
「…………マジに」
「嘘でしょ……」
「まあともかく、そんなに警戒してみるような相手じゃないってだけ、伝えときたかったから」
マーレと鼬の間に、動揺が走る。それは勇気の耳でも、そして目でもよく理解できるほどに明確なものだ。二人共、目を見開いて彼の方を信じられないと、そう言葉で言っているかのような表情で勇気へ視線を向けている。
だが、勇気にはその二人の動揺の理由が分からない。彼は首を傾げて問う。
「な、なあ。そんなに驚くことなのか?」
「驚くも何も……普通は、自殺した人間でなくともそうだけど、自分の身を捨てて他人を助けるってのがすごいことだと思うわよ。自覚ないの?」
「あ、ああ。それに、フツヌシ……か。…………ああその、ビビんなかったのか?」
勇気の言葉に対し、マーレは緊張を緩めた後に呆れ、肩をすくめる。彼女は涼の言葉を受けて、驚くのと同時に多少は勇気のことを認めたらしい。呆れという感情の、その気色から勇気はそう理解する。
(マーレは呆れてる……と言っても、いい方向に。その仕事やってくれたんだ、もう、いいのに……的な。だがこっちは……)
勇気は静かに、鼬の方へと目を向けた。彼は少し、顔を青ざめさせて俯いている。こめかみには、一筋の汗が伝っていた。それを見止めるころ、勇気の耳に彼の感情が走る。
(卑屈?)
「ま、まあ……。元から、自分の身を捨てるつもりだったんだから、別にすごいことじゃねえよ。狂人が、変な気を起こしただけ」
「はぁ……よく言うわよ。どういう気を起こしたのかは知らないけど、本当に狂人みたいね。自殺して、なのにその後で人を助けるために命を使うなんて……涼、アンタわけ分かんないの拾ってきたのね」
「ま、そうなるわね」
実際はそんなことないが、勇気は自分が狂人だったからと言う。卑屈を感じたからこそ、一歩下がったのだ。
すると、それに対してマーレはため息をついて返し、鼬の顔は一瞬晴れやかになる。だが、彼はすぐにその色を消して、俯いてため息をつくのだった。
「そうか……! い、いや、何でもない。ともかく、これからよろしく」
「……まあ、すぐに別れることになるかもしれないけど、一応。私はマーレよ。よろしく」
「あ、ああ……俺は神崎勇気だ。よろしく」
(……なんだ)
勇気は会話の間、不安を感じた。その、鼬の心の奥から聞こえてくる音に。まるで、洞窟の奥で水が滴り落ちる音のよう。それは耳にいやらしく、這うように響く。それを感じて、勇気はもっと耳を澄ませようとした。だが、そうしようとした瞬間……
(……やめよう。やめよう……)
ハッとして彼は顔を手で押さえ、息を吐く。
彼は今、これまで出来たことをやめようと、そう決心したのだ。つまり、心を聞くことをやめる。それは大きい決心だ。例えば、君がいつも通りに動かしている目。それを動かさないように、そう決心するのと同じくらいだ。それくらい、勇気にとっては人の心を聞くというのが当然だったのだ。
勇気は静かに耳を手で押さえた。
(せっかく、それが出来なくなることが出来る状況なんだ。なんで、他人の心を読むなんてことをし続ける。一人の、相手として、対することがしっかりと、出来る状況なんだ………………)
だが、勇気が外界の音を遮断したその瞬間だった。
彼の耳に、今まで聞いたことがないというほどの憎悪の念が響くのであった。それは勇気の心の耳に深く響き……彼はその重い憎悪に耐えきることはできなかった。




