マーレと鼬
「……鶏粥?」
「ああ、そうだ」
勇気はお盆に茶碗等を乗せてそれを持ち、マーレの部屋に入っていた。そうして、手に持ったお盆を鼬に渡しながら言う。湯気を立てる粥の解説である。
「鶏粥は喉を通りやすい。よく病気の奴に作ってやったりしていた。それと、普通の状態でも好むやつはいたな。あっさりしたような味と、柔らかい食感にやられたんだろう。ああ、味は一応つけてあるが、薄いようだったら醤油を少し垂らしてやれ。よく冷ませよ。いや、もしかしたら、起きるころにはちょうどいい温度になっているかもしれないが、一応な」
「あ、ああ……」
勇気の解説を受けて、鼬は喉を鳴らす。鶏粥の話を聞いて腹が減ってきたのだろうか。いや、それだけではない。マーレの部屋にはすぐ、その粥のにおいが充満したのだ。薄い、鶏肉のにおい。出汁を取っているのだろう。よく鼻孔をくすぐる。
鼬は少しだけ頬を赤くして、声を上げた。
「少し、腹減って来たな」
「はぁ? ……はっ、好きな奴が心配でも、腹は減るんだな」
「む、むぅ……一応、な。強がっても仕方ないし……」
鼬が恥ずかしそうに自分の空腹を訴えると、勇気は少しだけ笑って、安心しろと伝えた。
「ふふ、お前の分も作ってやるさ。好きなもんを、なんでも言えよ。琴音の奴の方はもう作って涼とララに渡しておいたし、あとは俺達の分だけだからな」
「そう、か。うん……まあ、少ししたらな」
鼬は顔を赤くして腹が減ったと言いながらも、やはりマーレを一番心配しているようであった。勇気は自分の飯を後回しにすると言う鼬を見て、フッと、少しだけ笑うのだった。
そうして、しばらく……
「ん……うう」
勇気と鼬、そしてマーレがいる部屋に声が響く。呻く声だ。この中で、そんな声を上げるのはただ一人……。それが誰のものかを瞬時に理解した鼬は、マーレの横たわっているのに声を上げて向かった。
「マーレ! 起きたのか?」
「あぁ……いた、ち? それに、勇気……。ここは……私の部屋、ね」
マーレは鼬の声を耳にして、ゆっくりとその瞼を開いて辺りを見渡した。そうして、勇気と鼬がいること、そして自身が寝ている場所が自室であることを確認する。
そんな彼女に、鼬は今の状況を説明した。
「ああ、そうだ。お前が雨の中を無理して外に出て、それの看病をしている最中だよ。琴音は今、涼とララが様子を見てる。それと……」
鼬は目を伏せて、言いづらそうにしながら口を動かした。
「心配、したんだからよ。無理すんなよな」
そうして彼が言ったのは、マーレに対する心配だった。顔を赤くしながら彼は、それを告げる。脇でそれを耳にした勇気は、幸せそうにフッと笑う。本当に、幸せでならないとい言うように。そして、言葉を受けた張本人であるマーレは……
「ふん、別に大丈夫よ。少し動けなくなるだけ。この私が、アンタ達みたいな親友を残して先に死ぬとでも? ないわね」
上体を起こし、少し笑ってそう言った。その笑みは突けば空気に溶けてしまうような儚さであったが、確かだった。それを浮かべたのはきっと、鼬の心配を解くためのモノでもあったのだろう。それを見た鼬は、そして感じ取った彼は、少しだけ辛そうな表情をした後で笑った。
「そう、か……。そうだよな。悪い。余計な心配だった」
「うん、大丈夫だから。安心しなさい。……それと」
マーレは鼻をくんくんとならして、言った。
「なんか、良いにおいがするわね。……お腹、減って来た」
そうして彼女が告げたのは、空腹だった。勇気は一瞬、そのありふれた言葉に笑ったが……鼬は必死に、さっき勇気が運んできた粥の椀を持って、マーレに差し出した。
「ほ、ほら! これ、勇気が作ってくれたんだぜ」
そうして、鼬は椀を手に持ってくれと示す。だが……
「食べさせて」
マーレはそう言った。食べさせろ、と。鼬に平然と、そう言ったのだ。
だが、それを言われた鼬は全然、平然とすることは出来なかった。顔を真っ赤にして、大声を上げる。
「っなな、何を言ってるんだマーレ!?」
そうして、問う。だが、マーレは当然と言うようにサラリと答えてみせた。
「正直、体を動かすのがだるいの。頭痛いとか、そういうことはないけど……体全体が鉛にでもなった気分。腕動かすだけでも辛い。だから、ほら」
「だだ、だからって……」
鼬はマーレの説明した理由を受けて、あわあわとしてしまう。つまり、自分が食べさせるしかないという現実を目の前に突き付けられて、緊張と恥ずかしさの極致に立ったのだ。
だが、すぐに現実に引き戻された鼬は振り向いて勇気を見た。すると、彼は……いやらしい笑みを浮かべて椅子に反対に座り、背もたれに顎を乗せていた。そうして言うことに、
「俺は自分の料理がちゃんと受けるかどうか確認しなきゃならないからな。お前が、あーんってやってるのを見てるぜ?」
と。鼬はその言葉を受けて、まるで煉獄のような目をして勇気を睨んだ。
(勇気テメエ……覚えておけよ)
「鼬、早くしてよ」
「うぁ、マーレ……分かったよ」
鼬が勇気に目を向けるのは、長く続かなかった。マーレの声がかかったからである。鼬はそれを受けるとすぐ、顔を薄ら赤くして手に椀と、スプーンを持った。そうして、まだ湯気の立っている粥をすくう。
「ほ、ほらよ」
「もっと近く」
「……お、おう」
マーレの注文に、鼬は震えながら応える。そうして、椅子を彼女の枕元に寄せて、震える手で彼女の口にそのスプーンの先端を向けた。粥が、マーレの唇に近付く。
「あー……」
マーレが、その小さい口を少しだけ大きめに開いた。鼬はそれを見て……
(……かっ、可愛すぎる…ぅぅ)
顔面を真っ赤にして、ピンク色の発想を頭に広げていた。だが、ちゃんと手は動かす。マーレの小さい口を凝視して、それにどんどんと粥を近づけるのだ。そうして、それを閉じればちゃんと口の中に入るという時に、マーレはぱくんと口を閉じた。
すると、
「あちゃっ!!」
マーレは口に粥が当たると、悲鳴を上げて目を閉じた。それを受けて、鼬は肩をビクンと震わせてマーレの顔を覗き込む。
「だ、大丈夫かッ!?」
「つぅ……まあ、うん。熱かった。ふーふーして冷ましてよぉ」
「うぁ、ああ……ふー、ふー」
マーレの言葉を受けて、鼬は自分の手に持ったスプーンを自分の口の辺りに寄せて息を吹きかける。必死に、顔を真っ赤にしながら。
その彼の視界の端に、勇気が音を出さないようにして大笑いしているのが入ってくる。腹を抱えて、肩をガクガクと震わせる彼は随分と愉快そうな顔をしていた。それを、鼬は死んだ目で睨みながら粥を冷ますのであった。
そうして、鼬は粥が少しだけ湯気を立てるくらいにまで冷やす。そうして、マーレの口に再び粥を……次は、すぐに口に含むことが出来た。だが、まだ心配だったのだろう。鼬は申し訳なさそうに、マーレに問う。
「だ、大丈夫……か?」
鼬のその言葉に、マーレはくすっと笑って応えるのだった。
「……うすい」




