鼬とマーレ
「鼬、マーレの様子はどうだ」
「ああ、天翔さん……」
天翔は三人、涼、勇気、ララに指示を終えた後で、マーレの部屋に向かった。具合が悪いと聞いていた彼女自身の様子と、そして、鼬の顔を見るために来たのだ。
そうして調子はどうだと聞いてみれば、鼬は小さく頷いて応えた。
「まあ、多分。大事にはならねえよ。まあそうだったとしても、ずっとここにいるつもりだけどな」
鼬はどうやら、マーレのことを随分と心配しているらしかった。彼がマーレに対して心の奥底に秘めた感情のことを鑑みれば、当然だ。自分の愛している異性が寝込んでいるとなれば、そばにいたくなるものだろう。
天翔は鼬の言葉を受けた後で、なるほどと言って自分の目でもマーレの寝顔を見てみた。彼女は自身のベッドの上で、少し火照った顔をしている。額には冷やしたタオルが。鼬が用意したものだろう。彼は自分の装いをさっき雨の中に出たままで、マーレを看病していたのだ。
それを見た天翔は、部屋の中の椅子を一つ引いて、それに座る。そうして、鼬に目を向けた。
「……今は琴音と、彼女の母親のことを考えるべきなのは分かっている。だが、そのうえで言いたいことがあるんだ。いいか?」
「え……いきなりなんだよ天翔さん。天翔さんにしては、なんか慎重っつーか……どうしたんだ?」
天翔は突然、ハッキリと自分の言いたいことは告げず、遠くから話を始めた。そんな彼の様子に、鼬は首を傾げる。天翔が、自分の心中を真っ直ぐに言わないのは本当に珍しいのだ。
鼬はそれを異常に思った。だが、天翔は彼の問いには答えず、言いたいことを口にした。決心を固めたのだろうか。そんな彼の口から出た言葉は……
「お前。そろそろ自分の欲望に、素直になっていいんじゃないか?」
という、ことだった。
「……それ、どういう意味で言ってるんだ天翔さん」
天翔の言葉を受けて、鼬は……不機嫌そうな表情をした。いや、不機嫌というには軽すぎるか。最早、堪忍袋の緒が切れ、その上で更に怒りを盛ったかのような。天翔に向けてはいないが、それでもなお感じる。床に向けているはずなのに、相当な……。
鼬がその表情をすることを見越していたのか、天翔はあまり動揺しなかった。そのままで、続ける。
「そのままだ。……お前の在り方だから、あまり無理強いはしないがな。だが、言いたいのは……もう少し、幸福になるのに手段を選ばずにいていいんじゃないかという事だ」
「……これに関しては、完全に余計なお世話だぜ、天翔さん」
天翔の言葉は、静かに鼬に否定された。彼に似つかない、強い言葉で。そんな風にしながら、彼はベッドに横たわるマーレの寝顔を見た。彼女は、辛そうとはいえ安らかに眠っていた。息は荒いが、それでもなお、隣に頼れるものがいるからと安心しているようでもある。
それを一目見た鼬は、息を吐いて憂鬱そうに俯いた。
「卑怯な手は使いたくないんだ。それに、マーレの意志を尊重したい……。俺にとっては、こいつがすべてだから……」
「そうか……」
鼬が辛そうに言った言葉を聞いて、天翔は目を伏せて頷いた。……
その後でしばらく、天翔は話を変えた。変えるというよりは、もう触れないようにした。元のここに来た目的に話題を切り替えたのだ。
「ああ、そういえば……。ここにはスマホを取りに来たんだ」
「あ……ああ! そう、だったのか。えっと、これだよな、天翔さん」
天翔の言葉を受けて、呆けた様子であった鼬はハッとしてスマホを差し出す。おそらく、マーレが部屋のどこかしらに置いていたのだろう。鼬はそれを拾って、天翔に差し出したのだ。太三郎が勇気に差し出した、妖館のスマホである。
天翔はそのスマホをありがとうと言って受け取ると、椅子から立ち上がった。そうして、背を鼬に向けて言い残す。
「好きなようにしてもいいんだぞ。お前は自分の権利を引き裂いて、他人に権利を与えた偉人なんだからな」
その後で、天翔はマーレの部屋を後にするのだった。
「権利は、好きな奴に使っただけだ。アンタにとやかく言われることじゃあないぜ、天翔さん」
天翔がいなくなった後、鼬は椅子に座ったまま、一人で呟いた。そうして自分の目の前で眠っているマーレの顔を覗き込む。彼女は……やはり、少し辛そうであった。それを見た鼬は、彼女以上に辛そうに顔を歪めた。その後で、マーレの顔にかかる真紅の髪を、スッと指で払う。
「俺の人生は、お前なんだ」
顔から髪という違和感がなくなってか、それとも鼬の言葉を耳にしてか、マーレの表情はやわらぐのであった。




