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セカンドライフを妖しい怪しさ達と共に  作者: 井田薫
紡ぎ直される琴の弦
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継がれる意志

「この角を左に曲がったら二人がいる!」


「そ、んじゃ先行ってるから!!」


 勇気と涼は二人で雨の中を走っていた。前回、マーレが完全な無理をして外に出てきている可能性があるという事実を知った二人は、全速力も全速力で心の音の発信源へ向かっていたのだ。

 そうしてしばらく、二人はすぐ前の角を曲がればマーレと琴音が目に入るくらいにまで、音の発信源へ近づいた。そこまで行って、どう行けばマーレ達の元へ辿り着けると把握した瞬間に涼は、体を躍動させて勇気の倍ほどの速度で走り出す。


「ちょっ早っ! 待ってくれよ!!」


 そんな涼の背を、勇気は出来るだけ追いつけるようにと走るのであった。












「……ねぇ、いつまでこうしてるつもり?」


「…………しばらく、こうさせてほしいんだ。ごめん、厚かましいかもだけど……」


 マーレは琴音に抱かれたまま、ある小さい建物の軒下にいる。二人はあの時からずっと、抱き合ったままで時間を過ごしていた。すぐそこでは、雨が地を穿っている。さっきまで外にいた二人には当然、雨水が全身を這うように伝っていた。

 そんな中で、琴音は謝る。自分は助けてもらっている身分なのに、したいことをさせてもらって、と。だが、マーレはそれを聞いてフッと笑う。


「いいや。頼ってくれないアンタより、頼ってくれるアンタの方がいいの。前のアンタ、危なっかしいったらありゃしなかったんだから」


「うぅ……ごめん。本当に……」


 琴音は相変わらず涙を流し、マーレの胸にその顔を押し付けていた。だが、随分と気が楽になっていたようだ。決して、自分の母親や教師のことを忘れたわけではない。つまり、自分を頼りになる者が覆っていくれているという事実は、それほどまでに彼女を安心させていたのだ。


 そうしてしばらく、二人は雨音に包まれたまま時間を過ごしていた。すると……


「琴音、マーレッ!!」


 遠くで、声が響く。涼だ。彼女がマーレと琴音が抱き合っている建物の方へ、角を曲がって走ってきたのだ。

 そして、彼女の声を耳にした琴音は……


「……涼?」


 マーレの肩を抱き寄せたまま、少しだけその力を緩めて顔を上げ、声のした方向へ目を向けた。彼女のうるんだ目に、涼が走ってくるのが映る。すると、その瞬間にして、また琴音の目には涙が溢れ始める。そうして、こう言うのだった。


「涼まで……う、ぅぅ……私は……私はぁ……ありがどぉ……」


「いいのよ、別に。私達、アンタのことが心配だったんだから」


「うぅ……ほんとうに、本当にぃ……」


 嬉しくて、嬉しくて仕方なかったのだろう。自分を心配して、わざわざこんな雨の中を走ってくれる者が、現時点で二人もいるというのを確信できた。それは、全てを失いかけた少女の心を掴んで持ち上げるに足りる綱だったのだ。

 反して、マーレは……


「………………」


 一瞬だけ、琴音の抱擁の力が弱まったタイミングで涼の方を見る。その顔は……真っ青だった。普通の人間が、三十八度から九度ほどの熱を出している程度、という具合だ。それを見て、涼は息を飲む。


「マーレ、アンタ……」


 だが、涼が心配の言葉を口の先まで出しかけた瞬間、マーレの目に断固とした意志が宿る。それは、涼にこう語りかけた。


(言ったら引き裂く)


 涼はそのマーレの目を見て、押し黙った。マーレ自身のプレッシャーに圧されたのもあるが、それ以上に……


 三人がそんなことをしていると、もう一人、その場にやってくる。


「おーい涼! ……それに、マーレも琴音も! やっぱり二人だったのか……」


 勇気だ。彼は息が上がり切ったという様子で、肩を上下させながら三人が溜まっている所へ走り寄った。そうしてすぐ、マーレと琴音が抱き合っているのに目を向け、やっぱりと言う。


 だが、琴音はそんな言葉の一つ一つに構うことは出来なかった。勇気が来てくれたという事実だけで、また、表情を崩して肩を震わせた。


「勇気、まで……つい、この間、会ったばっかりなのに……ありがどぅ……」


「いや、全然だ。友達にいつ会ったとか、そういう区別はないだろ? 尽くしてやるのが、当然のことだ」


「う、うぅ……三人共ぉ……」


 また、感謝の言葉を琴音は言った。涙を流して……。だが、あまりその時間はなかった。何故かと言えば、それはマーレが勇気を片目に入れた瞬間、行動を起こしたからだ。

 まずは、琴音に話しかけることから彼女は始めた。


「……ね、琴音」


「え……なんだ」


「一旦、私達の所に来なさい。落ち着くまででいいから。事情は分からないけど、家から飛び出してきたんでしょ?」


 そう言って、琴音の抱擁を一旦離し、彼女の目を覗き込んでマーレは言った。それに対して琴音は、少しだけ目を俯かせることで応える。つまりは恐らく、後ろめたい事、不安を覚えることがあるという事だ。

 その答えを得ると、マーレは再び口を開く。


「言いづらいことがあるんなら、別に言わなくていいの。ただもう、アンタが一人で傷つくのは嫌なの。だから、私達のためにも、アンタ自身のためにも、私達の所に来てほしい」


 そう言って、マーレは琴音に言って聞かせる。その様子には、優しいが断固としていて、有無を言わせないという意志が感じられた。それを察してか、それとも最初から素直にいるつもりだったのか、琴音は頷いて示す。


「うん、分かった……行く。お世話になる……」


「そ? よかった……。じゃあ、勇気」


「ん?」


 急に話しかけられた勇気は、思わず声にして疑問を表してしまう。が、マーレはそれに全く構わない。目にすら入っていないかのように、そのまま続ける。


「琴音を案内してやって。私と涼は……少し遅れて行く」


「え、何をするんだ? 別に、四人で妖館に戻れば……」


「勇気……お願い」


 勇気が首を傾げて、自分達四人で帰ればいいだろうと言うと、マーレは勇気の名前を呼んだ。そして、静かに頼み込む。勇気はそれを受けて、というよりもマーレの顔を見て、何かを察する。

 マーレの顔は、土気色で辛そうだった。その顔で、力なく笑って強がっていたのだ。強がっていたのは誰のためか、言うまでもない。


 勇気はそれを察して、琴音の肩に手を置いた。


「琴音。俺達が暮らしてるところに案内するよ」


「…………うん、分かった。……ありがとね、マーレ、涼」


 琴音は素直に頷いた。その後で名残惜しそうにマーレと涼に顔を向けた後で、立ち上がり、勇気のすぐ後に着いた。ピタッと。張り付くようにして。不安なのだろう。だが、歩くのに当たって抱き着くことは出来ないから、出来るだけ近付いておきたい、と。


「……大丈夫か」


 つい、勇気は琴音のその不安げな様子に声をかける。すると琴音はハッとして、首をブンブンと振った。


「いや、いや! 大丈夫。ありがとうな……本当に」


 涙を(ぬぐ)って、歩き出した。勇気の後に続いて、彼女はふらりふらりとではあるものの、しかと両足で立ったのだった。












 勇気と琴音が、雨の中を歩いていく。勇気の差す傘で、琴音は雨を避けてはいるが……未だその背には、悲しさがあった。親友が助けに来てくれたことで、自分の行く先に不安はなくなったのだろう。だが、他の者のことがある。母親と、教師と。二人の身の危険である。


 雨を歩くそんな彼女の背を、遠目に涼とマーレは見た。そんな中で、マーレは涼に顔を向けることなく言う。


「私、二人があの角を曲がったら倒れるから」


「……分かったわ」


 涼は、マーレの顔を見ずに応える。そんなことは、了解していると言わんばかりに。


 そうして二人が軒下に立っていれば、すぐに勇気と琴音は視界から消える。すると、宣言の通りにマーレは、フッと前に倒れこんだ。静かに、何の前触れもなく。それを涼は、これもまた静かに抱きかかえて、流れるように背負った。そうしながら黒い傘を広げ、マーレに問う。


「……また無理をしたのね」


 問いというよりは、確認だ。無理をしたのか、と。それを受けてマーレは、涼の背の上でぐったりとしたまま小さく頷く。


「……そうよ、悪い? 琴音のためよ」


「いいや、全然悪くないわ。寧ろ、カッコよかったわよ」


「ああ……そう」


「無理して、琴音に一瞬でも弱ったところを見せないところとか、特に。心配させたくなかったのね」


 涼は軒下を出て、マーレを背負ったまま雨の中をゆっくりと歩く。黒い傘を持っているから、とりあえずマーレは無事である。だが、それまでに浴びてしまった水が多い。未だに具合が悪いままで、マーレは涼の言葉に応えた。


「そりゃそうよ。あそこまで追い詰められた琴音に……私がこんな調子で顔向けちゃ、もっと後がなくなっちゃう」


「……やっぱ、アンタは強いわね」


「はぁ……うぅ、それ、今更?」


「そう、ね。アンタと鼬は本当に、太三郎さん達の意志をよく継いでると思う。私なんかよりは、全然ね」


「そりゃ、一緒にいる年数が違うから。アンタはまだ四年でしょ? 鼬は生まれた時から、私は四、五歳くらいからだから。まあ、要するに……」


 そんな風にして、二人は話し合いながら歩く。その内容は、彼女らの在り方の話だった。太三郎や天翔の、救える命は一つでも多く救うという精神を継いで、それを行動に移す自分達の話。


 それを、雨の中で涼の背に体を預けるマーレは、真っ直ぐな目をして締めくくった。


「この手で(すく)えるものは救う。どういう風にしても、助けられるものは助ける。大切な者ともなれば、体さえ張って。間違っているなんて、一度も思ったことはないわ」

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