互いの、素朴な疑問
「なあ、俺がどうなるかを聞いたが、俺の存在はどうなるんだ?」
「あん?」
勇気と涼は、声のした方へと妖館の廊下を二人で並んで歩いていた。その時、勇気がふと、思い立って疑問を口にする。
聞くに、自分そのものより、自分という存在がどうなるかと聞いているようだ。だが、流石にその意図は一言では伝わらない。自分でもそう思ったのか、勇気は息を吐いて続ける。
「なんていうか、俺がどうなるのかは分かったよ。ここで、暮らすんだろ。だけど、俺が生きてきたその跡はどうなるのかってことだ」
「……つまり、両親だったり友達だったり、恋人だったりの記憶がとか、そういう話よね?」
「まあ、そういうことだ。と言っても、俺にはそんなもの、一つもないからいいんだが……」
勇気は髪の毛をいじりながら、廊下の窓の外をチラと見る。外には閑静な住宅街と、その通りに植えられている禿げた木が風に揺れているのがある。それを目に留めて、口を開く。
「俺は孤児院にいたんだ」
「孤児院?」
「ああ。連絡をどう取るのか、一応気になったんだ。今まで生きてきた、居場所や、学校のこと」
勇気は外の景色に目をやりながら涼に問う。つまり、自分の今まではどうなるのか、と。
当然……というか、必至の疑問だ。なんならば、一番最初に問うべき質問。こんな非日常に置いて、そう言った悉くが吹き飛んでしまったのかと言えば、そう言えなくもない。だが、勇気は普通ではないのだ。動揺はしているが、激しくではない。理性で、その質問を後にしたのだ。
勇気の質問に対して、涼は行き先へ顔を戻しながら答える。
「死んだと伝える……と、思うわ」
「思う?」
「こちら側へ足を踏み入れてしまった以上、相当なことがないと戻れないし。もし戻ることができる状況になっても、自殺する人は戻ることは望まない。戻る人がいたけど、それは自殺を断念する決意をもって、振り返ったけど足をビル屋上から踏み外してしまった人とかだけ。だから、あんまり考慮したことがないのよ。アンタも、そうなんじゃないの?」
涼は首をすくめ、勇気にそう言った。お前は死んだんだから、戻りたいとは思わないだろう、と。その言葉に対し、勇気は……
「当たり前だ。まあ、死んだ目的ではないが、戻りたくはない。あんなところ……」
外の景色から目を離し、愛おしそうに涼の方へと目を向けてそう言った。
「増して、希望が見えた。あんな絶望がひしめくような所、戻る意味が分からない」
「…………ねぇ」
「ん?」
涼が、勇気の顔をまじまじと見つめる。勇気の方は、彼女の声の色の異変に気が付いて彼女の方へ瞬いた。
涼は、気色の悪いものを見つめる目で勇気を見ていたのだ。その表情のまま、問う。
「アンタって……気にはならないの」
「何が?」
「今まで世話をしてきてくれた人たちの事よ! 感謝はないの? 助けてくれたことへの感謝。孤児院なんて、その象徴みたいなところじゃない。それに今までの事に、名残惜しさみたいなものは?」
「…………ないよ。全く」
平然と、勇気は異常な答えを言った。涼の問いは全くもって、自殺者に問う基本的な質問の一つと言って過言ではないものだった。だが、彼はそれに対して全く、全然、尋常ならざる答えを返したのだ。
「むしろ、これからに期待しかない」
勇気はフッと、口元をゆがめてそう言った。が、その笑みはすぐに揺らぐ。それは、彼の耳に異音が走ったからだ。物理的な音ではない。感情の音。
(涼は……怖がっているのか、俺を?)
涼は勇気の目の前で、顔を俯かせ、彼に対して警戒の視線を寄こしていた。それは敵対からの警戒でなく、ただヌルリとした粘着質な恐怖によるもの。幽霊が出た時にするような、見たくないが、見なければ安心できないという。
それを目に入れた勇気は、すぐにああと、頷いた。
(いや、当然か。妖怪と言っても……人間と感情の動き方はそう変わらないのなら、俺みたいなのは怖がるはずだ)
勇気は涼の自身に対する恐怖を、自分自身に原因があると了解した。自分がこのような、異常な人間だから涼は怖がるのだろうと。実際その通りだ。
(そうか……。まあ仕方ない。こんな人間、そうそういないだろうし。これから、少しづつ理解してもらえばいい)
だが、勇気は前向きだった。
と、そこで……
「あ、涼! 帰ってたんだな」
「本当……て、その隣にいるのは……?」
勇気と涼が、もと向かっていた方向から声が聞こえた。二人の声、先ほど玄関から聞こえた一組の男女の声だ。勇気と涼は、今までの話の内容を忘れてそちらへ目を向けるのだった。




