表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セカンドライフを妖しい怪しさ達と共に  作者: 井田薫
紡ぎ直される琴の弦
129/222

偶然の重なり、奇妙な縁

「何だ……この、異様な雰囲気は……」


 天翔は一人、雨の中で黒い傘を差していた。そんな風にして彼が立っていたのは、愛音の店のすぐ前である。その前で、天翔は眉をひそめて思考していた。どう考えても、普通の状態ではないのだ。


(おかしい……何だ)


 店の出入り口の戸は、雨だというのに開きっぱなしになっていた。その中の店内には誰も人は入っていない。これだけでも、充分な奇妙さである。普通の状況でも開けっ放しにするはずはない出入り口、加えて店が開いているはずの時間に客が一人もいない。確かに雨で、客があまり入ってこないというのはあるだろうが、一人もなどという事はあろうか。それに、灯りがついていない。


(人がいない? いつもはこの時間、店は開いているはずだ。なのに灯りがついていない。それに、前に雨の日にここへ寄ったときは、もう少し人がいたはずだ。加え、出入り口が開け放たれている。……異様な点を数えれば、果てがない……)


 天翔は、店に入りかねていた。何かが、あったのかもしれない。自分はラーメンを食いに来たのに、もしかしたら、何かしらの事件に巻き込まれるのかもしれないと。

 しかし天翔はすぐに、店内へ入るために足を踏みこんだ。揺るがない意思を持って、である。


(もし堀田さんや、堀田さんの娘さんが危険なのであれば、行かなくては……私なら、相当なことがない限り……)


 だが、天翔が店内へ足を踏み込もうとした時だった。


 彼の両足の間を、太ったネズミが走り抜ける。そいつはラーメン屋の中から飛び出てきた。加えて、そのネズミには特徴的なところがあるのだ。天翔は思わず、振り返ってそのネズミを見直してしまった。その特徴とは……


「っ……何だ、今の。目が、片方潰れて……」


 天翔の優秀な目は、雨粒の中でもそれをしかと捉えた。彼の足元を走り抜けたネズミには、片方の目がなかったのだ。詳しく言えば、潰れていた。血が流れていたのだ。外傷である。決して、自然に生きていてつくはずのない、深い切り傷が目をえぐっていた。


「…………」


(……鉄鼠てっそ? だとすれば、あいつは……)


 だが、天翔が思考を長く巡らせる時間はなかった。


「お前はあの男の部下か、それとも上司か……」


「っ!? …………誰だ」


 天翔の背、さっきネズミの方を振り返ろうとしたから、つまりはラーメン屋の店内の方。そちらから、声がした。天翔が振り返り、声のした方向に目を向けると……


 そこには、口と頭から血を流す飯田が、死んだ目をして立っていた。












「つ、繋がった!」


「……はい、もしもし。こちらは妖館ですけど……」


 琴音は、ある小さい店屋の狭い軒下で、電話をかけていた。母親が残した手紙、その最後に書かれていた電話番号である。二日前に、自分と母親を鼠田から助けてくれた男が、母親に残したという電話番号。期待を持って、自分が救われるかもという希望を持って、琴音はその電話番号に賭けたのだった。


 だが、その電話に応じた声に、琴音は聞き覚えがあった。


「は……マーレ?」


「え……その声は、琴音?」


 しばらく、二人の間に電話越しに沈黙が広がる。それだけ、二人にとっては意外だったのだ。マーレにとっては、自分のケータイならともかく、妖館のスマホの番号をどうやって琴音が知ったのかという疑問。琴音にとっては、自分達を助けてくれた人が教えてくれた番号にかけたら、どうして自分の親友にかかったのかという疑問。


 だが、思考していてもしょうがないとマーレが口を開く。とにかくは、口にしなければならないと思ったんだろう。


「ちょ、琴音。どうやって、この電話番号を……」


「よがった……」


「は?」


 電話の奥でマーレが口を開くと、琴音は……目と口から、雫を垂らし始めた。泣き始めたのだ。肩は揺れ、手は握られて、震えている。その姿は、まるでやっと光を見つけることが出来た、植物のようだった。動くことが出来ないはずなのに、自分はもう立てないほどに傷を負っているのに、少しでも光に近付こうとするそれに似ていたのだ。


 泣きじゃくりながら、琴音は自分とその周りに起きたことを話そうとする。


「今ぁ……かっ、かあ……グズッ、さん、がぁ……う、うぅぅ……あ」


 だが、言葉になっていない。電話の奥のマーレは、琴音の言葉を聞き直す。


「ちょっと琴音? なんて言ったの? ていうか……」











(泣いてるの?)


 マーレは妖館の自室で、スマホを顔の横にあてがいながら冷や汗を浮かべていた。琴音と電話していて、彼女は察したのだ。今の、琴音の状況を。そうして、唾を飲み込む。


(……分からないけど、鼬達が辿り着く前に、何かが起こったの? だから泣いて……それに、雨の音が聞こえる。電話の奥から……)


 マーレは電話の奥に、異音を耳に留める。それは、雨音だ。ラーメン屋の中で電話していたなら、流石に壁の奥のそれをケータイが捉えることは出来ないだろう。マーレは、そのことを琴音に問う。


「琴音。今もしかして、外にいるの?」


「うぁ……ぁう、ぅ……うん」


「……一体、何があったの琴音。アンタがそんなに泣いている理由を、教えてほしい」


 マーレは電話しながら、額に血管を浮かべる。彼女は、随分と怒っているようだった。暗い顔をして、赤い髪に覆われる瞳は、血のように光り輝いている。


(誰が……一体、誰が……)


 だが、怒りの気を頭に蔓延させることはなかった。


「マーレ……助けて」


「えっ?」


 琴音が、異常なことを言ったからだ。


 異常というのは、決して普通の状況から言った異常ではない。つまり、琴音が絶対に言わないだろう、という意味で異常。だって、彼女は今まで、絶対に自分から助けてとは言わなかったはずだ。その日に手伝いに来てくれというのは、実際、マーレ達から言い出したこと。自発的に言ったことではあるにせよ、それは根本からというのとは少し違う。


 だからこそ、マーレは耳を疑った。琴音は、本当に根っから、自分から私に助けを求めに来たのか、と。


「琴音……アンタ」


「助けて……マーレ……。私を、助けてほしいんだ……もう、どうすればいいか、分からないから……何をすれば、お母さんが返ってくるか分からない。何をすれば、どうすれば、幸せになれるか分からないんだぁ……ぅ……先生に言われたから、絶対にぃ……生ぎなぎゃいげ……うっ」


 電話の奥で、琴音は泣いていた。どうしようもないほど、何も救いがないって風に。


「場所は……?」


「ふぇ?」


 マーレは、自然と口を動かしていた。そうなるまでに、琴音に手を差し伸べようと……


「アンタがいる場所よ。今から、迎えに行く。ダッシュで。だから……さっさと教えなさい」


 マーレは電話を顔の横にあてがいながら、部屋の出入り口辺りに置いていた傘を手に取り、窓を開け放つ。すると、外から土砂降りの雨が部屋に入ってくる。同時に、マーレの体が雨に晒されそうになった。だが、マーレは傘を開いてそれを防ぎ、そうして……外に顔を向けた。

 外では、吸血鬼の弱点たる水が、天から降り注いでいた。


(雨はヤバい……。水は……ヤバいけど……)


「教えなさい琴音! 泣きじゃくんのは後でも出来るでしょ!!」


 怒号を上げて、自分を奮い立たせる。そうして、マーレは涙目になりながら、空を見上げた。


「今からアンタを、助けに行くから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ