もがく
「はっ……はっ……グズッ……ふぅ……」
琴音は一人、雨の中を走っていた。ラーメン屋をギターを抱えて飛び出て、その後はもうどこへともつかずに。学校に行こうかとも彼女は思ったが……自分の頼れる担任である飯田は、体を張って自分を助けてくれた後だ。学校に行っても、助けを乞うことは出来ない。
そして、学校という候補を考えた瞬間、琴音は嫌な考えを頭に浮かべてしまう。……飯田が、鼠田に殺されてしまうという光景だ。
それを琴音は、雨の中で首をブンブンと振り、否定する。
(そんなことない……ない! ぐ……うぅ……うぅぅ……)
「どこか、どこか、どこかに行かないと……寒い」
琴音は土砂降りの雨の中、ギターを抱えて震える。そんな風でいた時、ふと思い出す。
(確か、母さんが手紙に、どこかの電話番号を……)
琴音は辺りを見渡して、適当な店の軒下に走りこむ。屋根が雨を阻んで、彼女のことを濡らすまいとその場にい続ける。その下で、琴音はガチガチと下あごを震わせながら、懐を探った。そうして取り出すのは、母親の手紙。それは雨に濡れ、グズグズになっていた。元から震えた手で書いていたのだろうから、更に読みづらくなっている。だが、認識できないほどではない。
(一応……読める)
琴音は番号を把握してから、もう片方の懐を探る。次いで取り出したのは、一昔前の型のケータイだ。パカパカ開いたり閉じたりする方。それを、震える手で操作するのだった。
(どうにかして……どうにかして、生きなくちゃ……先生と、母さんが……)
「さて、私に出来ることはあるかしら……」
マーレは一人、自分の部屋で思案していた。勇気達を送り出した後である。四人を琴音の母親、愛音のラーメン屋を手伝いに行かせたはいいものの、自分が何をすればいいのか分からなかったのだ。
ため息を深くつき、頭を抱える。
(本当に……吸血鬼でさえなければ……)
マーレは恨んだ。自分が吸血鬼であるという事を。なぜなら、そのことが足かせになって琴音の店に手伝いへ行けないのだから。
(まったく……)
だが、マーレがそんな風に失意にふけっている時だった。勇気から渡されたスマホ、つまり、太三郎が勇気に預けた妖館のスマホが、鳴り始める。マーレが自分の部屋の机に置いていたそれが、急に、静かな部屋の中で鳴り始めたのだ。そんなこと、絶対ないだろうと思っていたそれが。
マーレは肩をビクつかせて、スマホを見た。
「うわっ……いきなり何よ。ってか、これ電話かかってくるんだ……」
そうぶつくさ言ってマーレは、スマホを手に取った。そうしてかけられた電話に応じ、スマホを顔の横にあてがう。
「はい、もしもし。こちらは妖館ですけど……」
次の瞬間、マーレは驚愕に包まれるのだった。
(っ? この音……)
勇気は一瞬、足を止めて自分の耳を疑う。雨の中、傘を差して歩くその最中に、何を耳に留めたというのか。彼が足を止めたことで、先を歩いていた三人、涼、鼬、ララは後ろに振り返って勇気を見る。
「おい、どうした?」
最初に疑問を示したのは鼬だった。
だが、勇気はその鼬の問いには答えない。どころか、逆に問いを投げる。彼の胸の中の疑念を、解くための質問だ。
「鼬……琴音の店は、ここからどの程度、歩いたところにある?」
「あ? ……ん、ここから十分から二十分くらい歩いたところかな……んだけど、それがどうしたってんだ?」
「ッ! ……」
勇気は鼬の言葉を聞いて、驚愕をその目に露わにする。そうして、息を飲んだ。
疑念が解けたのだ。だが、それは決して明るい未来を示すものではなかった。寧ろ、最悪の現状を示す、その羅針盤。勇気はその文字盤をしかと見た。
(さっきの絶望は、琴音の母親の店から聞こえたのかッ!? だったら、今そこから動いて、悲哀の音を奏でているのは……)
「ついてきてくれ涼!!」
「えっ? どうしたのゆう……」
「いいから早く!」
勇気は今の状況を理解すると、すぐに、雨だという事を忘れているとしか思えないスピードで先を走った。そうして、涼に自分についてきてくれと言う。もちろん、彼女は疑問を示す……が、勇気はそれに答えず、早くしてくれと急かした。
「ちょっお前、勇気」
「どうしたの? 何か、あって……」
当然、その勇気の並々ならぬ様子に鼬とララも疑問を示した。だが、勇気は二人にも涼と同じように、大声を張った。
「お前達はそのまま琴音の店へ行ってくれ! 頼む、何かヤバいかもしれないんだ!」
そう言って、また走り始める。すぐに、彼は角を曲がって三人の目から消えてしまった。
だが少しもしない内、勇気に続くようにして涼が走り出す。彼女は、勇気のことを信じ、言葉の通りにしようと駆け始めたのだ。
「ごめん二人共! 勇気の奴には後で、ゆっくりと説明するように言っておくから!」
そうして、涼は勇気の後をついていこうと雨の中を行く。
「勇気!」
涼は雨の中を走り、すぐさま勇気に追いついた。そうして走る彼の背に声をかけ、次は問いを投げる。
「一体どうしたのよ! ヤバいかもしれないって、何がッ!?」
雨の中を走りながらの問いに、勇気は一瞬黙る。だが、そのすぐ後で、答えた。
「琴音が……何かは分からないが、絶望を感じたかもしれない。俺の耳で、誰の音かが判別できないほどの絶望」




