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セカンドライフを妖しい怪しさ達と共に  作者: 井田薫
紡ぎ直される琴の弦
127/222

教師

「離せッ!!」


「…………」


 暗い琴音の部屋の中、本来いるはずのない人間が二人、にらみ合っていた。


 一人は鼠田。琴音と愛音の堀田親子を、父親が作った借金に齧り付き、いびっていた男だ。彼は今、愛音に限界が来たことを悟り、残された琴音を自分の利益にせんとここにやってきていた。


 そしてもう一人は……


「先生……どうして、ここに……?」


 琴音、加えて涼達の教師、飯田であった。彼はいつの間にか琴音の部屋に現れ、彼女のことを攻撃しようとしていた鼠田の腕を掴んだのだ。

 飯田の目には、静かな怒気があった。鼠田に手を振り払われはしたが、そんなものなしでも、目だけで充分なほど、色の濃い怒りを目に淀ませていた。そんな表情の彼に、琴音は質問する。なぜこんなところにいるのか、と。


「先生……なんで」


 琴音の問いを受けると、彼女を安心させるためか、鼠田のことを睨みながらも飯田は説明する。


「異様に感じた、少しだがな。何故に昨日まであんな調子が悪そうだったのに、急に元気を取り戻したのか、と。だからつけていた。何やら、妙なことをしているんじゃあないかと思ったんだ。今の様子じゃあその真偽は確かめられないが……その男に、妙なことをさせられたな?」


「っ……?」


「昨日までのお前は、結果が出せれば構わないって表情だった。……大方…………いや、いい」


 飯田はあることを言いかけて、やはりと口を止める。おそらくは、その琴音が金を稼いだ方法を言おうとしたのだろうが……言えないだろう。十五の少女に、体を売ったんだろうとは聞けない。

 その代わりに、彼は問いを投げた。


「お前の親御さんはどうしている」


 結果的に、言うのをやめた言葉より断然、心をえぐってしまうことを。琴音は飯田の問いを聞くと、真っ暗な顔をして俯く。そうした彼女の目から、黒い涙が溢れた。それは、言葉を発するよりも鮮明に、彼女の状況を物語っていた。


 琴音のそんな表情を目の端に入れた飯田は、察した。そうして次は、果てのない怒りを顔に浮かべる。そうして目の前に立つ鼠田にそれを向けた。


「簡単に忍び込めるもんだから、何かなっているとは思っていたが……。お前、こいつの親に何をやった!?」


 飯田の問いに、彼の目の前に立っていた鼠田は答える。


「俺か? 俺は何もしていない。ただ……勝手に死に急いだらしいがな?」


 鼠田はそう言って、大きい肩を揺らす。その顔には、底のない悪意の笑いがあった。その後ろで言葉を聞いた琴音は、唇をかみしめて拳を握りしめ、それを震わせた。目には涙。握る拳が軋む音、それが数メートル離れている飯田の耳にも届く。

 それを耳にした飯田は、歯を食いしばって、鼠田に目を向けた。


「人を殺すという事は、何回か死ななければ償えない。少なくとも、一人殺せば百回は死ぬ思いをしなければならないんだ。……つまり、お前がしたのはそういうことだぞ」


「知らんな。俺は誰も殺していない」


「御託を……ぶっ殺してやる」


 先に手を出したのは、飯田だった。言葉を終えた瞬間に、不意を突くようにして鼠田の顎を横から殴る。

 だが、顎を殴ったにしては鼠田のリアクションが少ない。固まっている。かと思えば……


「よくもやってくれたなぁ……仕返しだ!!」


 鼠田は飯田を、やりかえすように顔を殴り飛ばした。殴られた飯田は、後ろへ吹っ飛んでその背中を壁に打ち付ける。拳の威力はどうやら、鼠田の方が何倍もあるようだった。それを受けて背中を打った飯田は小さく吐血する。


 それを見た琴音は、悲壮な声を上げる。自分のせいで、傷ついてしまう人間がまた増えてしまったと。


「い、飯田先生!」


 だが、そんな声に飯田は構わない。


「お前は逃げろ、堀田!」


 吐血して、肩を押さえてよろめきながらも、彼は自分の生徒のことを思って口を動かしていた。今も顎に血を伝わせながら、その目は生徒の脅威を捉え、取り除かんと光っている。その目のまま、彼は言う。


「どこでもいい。安全なところに行け。……どこかに行けば、誰かがお前を救う。お前は……そういう奴だ」


「っ……」


「一年間、お前達を見ていた。だから言わせてもらうがな、きっとお前は救われる。安心しろ、どこに行っても、お前は大丈夫だ。助けてもらえる。今までだって、他人のためにずっと体を振るってきたんだ、お前は。いいことをしたら、返ってくるものなんだ。だから、お前は大丈夫……」


 飯田は口から血を吐きながら、目から涙を流す琴音にそう伝えた。お前は今まで他人に尽くしてきたから、きっとそれが返ってきて、お前は立ったままでいられるんだ、と。その言葉を受けて、琴音は目から涙を流す。


(……飯田……先生……)


 だが、そんな二人が目に入っていないかのように、鼠田が口を開く。


「いいや、ここで俺の手に落ちる。お前を殺した後で、ゆっくりと運ばせてもらうさ」


 彼の目には、未だ悪意がある。それは、飯田と琴音がどんなことを言っても拭えないだろうし、もちろん自発的に消えることもないだろう。二人にとっての脅威であり続ける。


 だが、飯田はそれを無視してまた琴音に語り始める。


「……お前に出来る最後の授業かもしれんから、言っておこう。……夢は手放すな、そのギター」


「…………?」


「年度初めにやった、夢を書く……あれだ。もうプリント自体の名前は覚えていないが、全員分の内容、覚えている。お前は「歌手になって、夢をかなえられない子供達に光を見せる」だったか? ……馬鹿気た夢だな。ククッ、だがそれでいい」


 飯田は力なく笑って、続ける。その姿を見続ける琴音の目には、無尽蔵に湧く涙が。それは、決して母親が死んでしまったかもしれないことからの悲しさや、失望感からではない。自分はこんなに思われていたのかという、その感動からだ。そして、目の前の飯田の、その雄姿。


「こんな時に、他の教師の誰もが言いそうなことを言うのはなんだがな……」


「チッ、さっきから黙っていれば、耳障りのいいことばかり言ってんじゃあねえぞっ!!」


 飯田の言葉の途中、黙っていられなくなったのか、鼠田が声を荒げる。そうして、飯田の方へと走り寄って拳を振り上げた。殴る気なのだろう。飯田はそれを目に入れると……


 懐からシャーペンを取り出して、何のためらいもなくその先端を自分の顔面へ迫ってくる鼠田の拳に突き立てた。


「ぐあぁぁ――っ!! テ、テメエェッ!!」


 シャーペンは、その身が半分くらいになるまで鼠田の手に刺さる。そこからは、血が流れ出て床にぽたぽたと落ちる。

 鼠田は悲鳴を上げるが……飯田はそれが見えていないかの様子で琴音に目を向け、先の言葉の続きを言った。


「夢を胸に持って走れ。走り続けろ。並び歩いてくれる奴はいるはずだ」


 琴音はその言葉を受けて、ハッとする。

 だが、彼女が動く前に鼠田がまた動いた。指からシャーペンを取り除いた後で、憎悪に満ちた目を飯田に目を向け、突進する。


「ぶっ殺してやるぅぅぅ――――っ!!!」


 彼はすぐに飯田の所まで、頭から突っ込む。だが、飯田はそれを一歩横に動いて直撃を避け、逆に、鼠田が動かないように頭を抱え込んだ。そうして、琴音へ目を向けて大声を上げる。


「さっさと逃げろ堀田琴音ッ!! お前は、俺の生徒だ! 俺は、お前の教師だ! 少なくとも俺の生徒でいるうちは、夢を捨てさせるようなことはせんっ! 早く行かないか!!」


「…………っ!」


 飯田が放った言葉を受けて、琴音は立ち上がる。フラフラだったが、涙を滝のように流していたが、その足で立った。そうして、自分の母親が残した手紙を懐に突っ込んで、飯田の言った夢、つまりギターを両手に抱えて部屋を飛び出すのだった。


 そして、琴音は廊下に出る時……


「ありがとう……先生」


 と、言い残すのだった。











「別にいい。卒業式までには、出席しろよ」

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