希望の手
「んぐっ……何だ、この音……」
「……え、どうしたの、勇気?」
勇気とララは、妖館の食堂にて、学校に行っている三人が返ってくるのを待っていた。勇気の作った適当なお菓子を口にしながら、ゆたりと、だ。
だがそんな中で、急に勇気が耳を押さえた。その顔には、焦りと言うようなものが取れる。そんな表情のままで、彼はララに問う。
「ララ……お前には、見えないのか?」
「え、いや……何も。一体何が……」
「とてつもない、絶望と……怒りと、喪失感と、悲哀と……ともかく、こんな感情は……全く見えないのか?」
どうやら、勇気は心の音を聞いたようだった。そしてそれは、随分な大音量且つ、ひどい音だったらしい。聞いている自分まで、気分が悪くなってくるほどの。だからこそ、疑問に思ったのだ。自分と同じ性質を持つはずのララが、どうして何の反応も示さないのか。
それをララの方も察したのか、彼女は自分の目を示して言う。
「いや、別に……。どうしてだろう。私も今は、目を閉じてる訳でもないし……」
「そうか、だがともかく……こんな、音は……ぐっ」
「勇気!?」
突然、勇気はその場に崩れ落ちる。それを見止めたララは、すぐに椅子を立って彼を支えた。勇気は、大分具合が悪そうである。
「ぐ……いや、大丈夫だ。……なんか、引いていく。音がもう、消えかかってる」
だが、具合が悪いのは少しの間だけであった。ララが支えに来る頃にはもう、勇気の気色は先よりもマシなものになっていた。とは言っても、調子がいいとは言えないが。そんな勇気の顔を見て、ララは心配そうに口を開く。
「そ、そう? ……大丈夫ならいいけど……」
「あ、ああ。しかし、一体……」
と、勇気が先ほどの音について思考を巡らせようと思った時だった。
ガチャン
玄関の開かれる音が、勇気達のいる食堂へと入ってくる。それを耳に入れると、勇気とララは顔を合わせて音のした方へと目を向けた。
昼が過ぎたこの辺りの時間に外からの訪問者という事はつまり、涼、鼬、マーレの三人のはずだ。
「三人だ」
「迎えに行こ、勇気。あ、調子がいいなら、だけど」
「ああ、問題ない」
三人が帰ってきたことを知ると、勇気達二人は玄関の方へと体を向けた。そうして、三人を迎えに行く……。
「マーレと鼬は準備!」
エントランスに勇気とララが入ってくると、そこではマーレが涼と鼬に大声を上げて指示を出していた。おそらくは、前から話をしていた琴音の店の手伝いの事であろう。涼と鼬の二人はマーレの言葉を受けると、返事をしてから小走りで自分の部屋へと向かっていくのだった。
そんな風でいるマーレに、勇気とララは歩み寄る。マーレはそれを見止めると……
「あ、勇気にララ。アンタらもよ。さっさと準備しなさい!」
すぐさま叱咤と共に命令を下した。それを受けると、勇気は呆れたように首をすくめる。
「俺とララは待ってたんだよ。大丈夫だ、すぐに行けるって。それよりも……お前って、影響受けやすいのか?」
「ん……今朝のことを話しているんだったら、そうね。私は正しいと思ったことを、すぐに自分のモノにするわ」
勇気が言ったのは、その日の朝に彼がマーレに、琴音には手を差し伸べてやるべきだと言ったことだ。それを即日採用して行動を取っていたから、少し意外だと思ったのだろう。だがマーレは全然、そんなことは普通だという風に答えるのだった。そんなやり取りをする二人には、小さい笑顔がある。
それを脇から見ていたララは、本当に不思議だと言うように、首を傾げて二人の間を見た。
「……今朝の事って、何?」
蚊帳の外だったから、分からないのだろう。そんな彼女の質問を受けると、勇気とマーレは顔を合わせ、更にフフッと笑うのであった。
「準備できたぜ!」
「さっさと行きましょ」
エントランスに、私服に着替えた涼と鼬が下りてくる。二人は顔に笑顔を灯して、これからやることに自信が満々、やる気満々という具合だ。それに、勇気とララも並ぶ。四人は並んで、同じような表情をとった。
それを見たマーレは、フッと笑って玄関を示す。
「じゃ、行ってらっしゃい。不甲斐無いことに、私は行けないから。ニンニク無理だし。琴音によろしくね」
そう言って四人を見送るマーレの表情には、悔しい、というような感情があった。それを見てか、鼬が自分の胸をドンと叩いて言う。
「大丈夫だぜ、マーレ。俺がお前の分も働くし、気持ちも伝えておく。だから、安心していい報告を待っててくれよ!」
鼬の言葉を受けると、マーレは一瞬だけ、一瞬だけ顔をとろかした後で、正気に戻る。そうして、ありがとねと小さい声で言った。
その後で、マーレは思い出したように勇気に目を向ける。
「勇気」
「ん、なんだ?」
「太三郎さんからもらったスマホ、ちょうだい。妖館にいない奴が持ってても仕方ないでしょ?」
「……あ、ああ。そうだな。じゃあ……頼む」
マーレが言ったのは、勇気が太三郎に任された妖館のスマホを自分に寄こしてくれということだった。勇気はそれに二つ返事で応じ、懐からスマホを手に取って投げ渡す。マーレはそれをキャッチした後で、四人に向けて笑った。
「よし……と。じゃあ、留守番は任されたわ。行ってらっしゃい」
そう言って、手を振る。それを受けた四人は……
「行ってきます!」
と、マーレに向かって、笑顔で手を振ったのだった。




