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どこにも届かない

「琴音……一体、何をしたの……。まさか、どこかで盗み……」


(違う。琴音はそんなことする子じゃない……だったらまた、また、また……私のせいで、何かを捨てて……)


 愛音はしばらく、自分の部屋で呆けた後で涙目になってそこを飛び出した。そうして向かうのは、琴音の部屋である。すぐに扉を開いて、中を見渡した。


(ああ、何もない……何もない)


 琴音の部屋を見て、母親たる愛音はまたも目に涙をにじませる。彼女は前から思っていたのだ。自分のせいで、娘は全てを捨ててきたのだと。実際、だからこそ琴音の部屋の中は前に言った様な何もない空間になっていた。


 それを見た愛音は、しかと現実を突きつけられた母親は、倒れこみそうになる。ふらりと、その場に膝をつく彼女の姿は本当に……。そうして、彼女は床を這うようにして琴音の机に向かった。


(何かを……捨ててしまった。多分、私のために何かを捨てて……だからあんな、あんな大金……ああ、ああぁ……)


 机に手をかけて、引き出しを片から端まで開けていく。そうして、中身を見ていくのだ。何か、何か自分の懸念を裏付けるものがあるはずだ、と。いや、裏付けてしまうもの、か。


 そんな中で、愛音は一つの棚を空けた。机の、一番床に近い、目につかない引き出しである。小さいその引き出しには、ピンクと赤の財布が入っていた。それ以外、入っていない。空白が、響いている。それを見た愛音は、すぐにそれを手に取った。


(これに、これに何か、何か………………っ)


 愛音は、脅迫でもされているかのような勢いで財布を開いて中を見た。そうした時、彼女はすぐに気付く。それは財布の中に、金が一切入っていなかったからだ。“それ”以外、何もなかったからだ。“それ”しか、目に入らなかったからだ。


 つまり、“それ”とは何か。……琴音が、鼬を目の前にして、背に隠していた札束の上に持っていた物である。避妊具。


 それを見た愛音は、元から崩れ落ちていたのに、更に床に、重力が何倍にでもなっているのではないかというくらいに、倒れこんだ。そうして、彼女の意志は深い闇に落ちていくのだった。


「うあぁ…………あぁ、あ、ああああぁ…………」


(私は……私は、私は私は……私は……なんてことを。何てことをぉぉぉ……あ、ああっ)


「琴音……琴音ぇぇ…………あ、うぁぁ……捨てたんだ。捨てた……私の、せいでぇ…………」


 床に仰向けになって、体をうねらせて、嗚咽を上げて……それでも、愛音のそれはどこにも届かないのであった。













「私は行けないんだけどさ」


「ん、なんだマーレ?」


 マーレは涼と鼬のいない学校の休み時間の途中、ふと思い出したように口を動かす。それを目に留めた琴音は、彼女の方へ首を傾げて示した。すると、マーレはゆっくりと落ち着いた風でいながら、息を吐くように言う。


「涼と、鼬。それに勇気とララ。今日、帰ったらアンタの店にすぐ手伝いに行かせるわ」


「…………えっ!? 急に何言いだしてるんだ、マーレ?」


「だから、アンタを助けるって、言ってるのよ」


 琴音の、本当に訳が分からないという風な顔に対してマーレは冷静に向かい合う。そうして、静かに言った。


「どんな風に気分転換したのかはしらない。けど、アンタが今、大変なのはわかってる」


「……ああ。でも、涼が……」


「あいつの許可は取ったわ。それに……私、今回ばかりはアンタに断らせる気はないの」


「な、何を言って……」


 マーレの、静かなのに断固とした重みを持つ言葉を受けて、琴音はつばを飲み込む。そうして、そんなのには構わないと言うようにマーレは続けた。


「いつもさ、まずは強がって、迷惑をかけないようにってしてたでしょ?」


「え、いや、それはまあ……」


「でも、そういうんじゃないの。どうやっても、助けないといけないって分かったのよ。っていうかさ、私としちゃ労働でかかる迷惑より、アンタを心配する迷惑の方が大きいの」


「そ、そんなこと……」


「お願い。見てられなかった。アンタのことを、私に助けさせてほしい」


 マーレは隣に座る琴音に、半ば頼み込むようにして言った。その様は誠実で、真っ直ぐで、本当に琴音のことを助けたいという気のみで動いているようだ。

 そんな姿を見た琴音は……やられたと言うように、首をすくめてみせた。


「わ、分かった。分かったよ。やられた。マーレ、ごめんな。私、心配かけちまったみたいだ」


「琴音……」


 琴音は呆れたようにして、首を押さえた。どうやら、自分に呆れかえっているらしい。そんな風で、呟いた。


「私は迷惑をかけないようにって行動してたけど、どうやら裏目に出てたみたいだな。親友を、こんなに心配させちまってたなんて。悪かったよ。マーレ以外にも、涼や鼬にそんな気持ちをさせてたんなら……二人にも、謝らないとな」


「琴音。分かってくれたのね……よかった」


 マーレは琴音の言葉を聞いて、肩に入っていた力を抜く。どうやら、彼女の意志は成ったようだ。つまり、琴音を本当に無理矢理助けるのではなく、うんと頷かせてから手を取る。琴音は笑顔で、マーレに頷いて見せたのだ。それは、まぎれもなく成功の証。


「…………ふぅ」


「そういえばさ、マーレ?」


「ん、何かしら」


 マーレが達成感に浸っていると、琴音がふと、問うてくる。マーレはそれを聞くと、言ってみてと促す。すると、琴音は本当に不思議でならないという様子で言った。


「なんで、マーレは手伝いに来ないんだ? 聞くに、一番そういう気が強い風に聞こえるんだけど……」


「あっ、あぁ~……。それはちょっと……色々あって、ね。それ以上は言えないわ」


「?? まあ、マーレのことは信じるよ」


 まさか、自分が吸血鬼だから、ニンニクが苦手でラーメン屋に行けないとは言えない。マーレは少しだけ気まずい表情をしながら手を立てて、琴音にすまないと示す。それを受けた琴音は、軽く笑って、大丈夫だと言うのだった。


 二人の間には、幸福があった。だが、それは……

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