同じ煙でも……
「会いに行け」
「え?」
勇気、涼、太三郎が三人で話していた時、妖館の玄関の方から扉の開く音と、ただいまの声が聞こえてくる。それに対し、太三郎は煙管を口から離しながら勇気、そして目の端に涼を入れて言う。
「これから、お主がここで生活するにあたって知り合うであろう二人じゃ。二人共、儂が誇る子らじゃよ」
「あ、ああ……」
「涼、案内、というかまあ仲立ちを頼むぞ」
「あ、うん分かった。じゃ、行くわよ勇気」
「お、おう……」
流れるように、勇気は太三郎と涼の手のひらで転がっていく。だが、彼の方もそれを拒む様子なく、ただ展開の速さにオドオドするのみで、流れに従った。
涼は勇気の背を押し妖館の玄関の方へ向かう。聞こえた声の二人に、勇気を会わせようとしてのことである。勇気はそれに対し、戸惑いながらも自分で歩き始め、涼の横に並ぶのだった。
そうしてしばらく経った後、太三郎は二人がいなくなった後の食堂に一人取り残され、煙管を吸っていた。煙草はすでに根元まで燃え尽きて、灰皿の上でくすぶっている。それは細い灰色の煙を上げながら、太三郎の顔を撫でていった。
「あの人間」
と、背後から彼に声がかかる。男声だ。太三郎はその声にフッと振り返る。
声のした方向には、長い黒髪のシュッとした男性が立っていた。暖かそうな服を纏っている彼はジットリとした目で太三郎の振り返る顔を見つめ、ため息をついている。呆れているというよりは、この先に悩んでいるという感じだ。
そうして、男は太三郎の向かいに座る。
「あの人間、どうも普通じゃないな」
「……それは、心の声が聞こえると、その特徴を取ってかのぅ」
「違う。奴、顔に絶望なんてものが全く見えない」
男は肩を落としながら、太三郎と語り合う。奴、というのは勇気のことだ。心の声が聞こえる、その特徴を持つ妖怪、また人間など、妖館には彼以外いない。
太三郎は背もたれに寄り掛かりながら、思案しつつ口を開く。
「そうじゃな。家の連絡先の話をした時、少しは憂えると思ったんじゃが……その気色すら見えん。狂人、なのかもしれんな、天翔」
「まったくだ。気が狂っているとしか思えない。だが、話を聞けば涼を助けるのに身を捨てるような行動を取ったって言うじゃないか」
「うむ、そうじゃな。狂人、と言ってもあれは良い方へ狂った人間なのかもしれん」
「良い方?」
太三郎が言った、良い方へと狂っているのだろうという言葉。男、天翔はそれに眉をひそめて問う。
「どういうことだ。狂うには、良い方も悪い方もないだろう」
「天翔、お主は頭がよさそうに見えて、やはり硬いの。片栗粉かの」
「片栗粉は固くないぞクソタヌキ」
「まあともかく……。いるじゃろ時たま。自分という存在が一番大事、その命の最低条件を忘れて他人を助けてしまう大馬鹿者が」
「自分のことを言っているのか、太三郎」
「カカッ、つまらん冗談を言うのう、天翔」
太三郎は乾いた笑い声と共に、天井へ煙を吐き出す。それは断続的に揺れて、やはり天井へ。違わない。結局は煙なのだから、上へ行く。
太三郎は身を乗り出して、灰皿に煙管の葉を落としながら語る。
「やはり、変わらんのじゃよ。自殺なぞする人間は、どこかしらネジが飛んでおる。自分が一番大事じゃというに、それが分かっとらん。他の皆は分かっておるのじゃ。他の人を大切にしようと言っておきながら、心根では。そうするのが当たり前なんじゃから。じゃが、それを根本的に理解していない者は、身を投げ出してしまう」
「…………まあ、な」
「普通は、悪い方向へ狂う、最低条件を見失うと……結果。結果を見てしまうんじゃ。自分が現世でうまくいかなかった現実、いじめられてしまった現実、成功できなかった現実……。それが自分の命の価値を下げるものと思うか、それか逃げ出すことを一番重要と見てしまうんじゃ。それで、自殺。……じゃが、勇気は違う」
太三郎は煙管を置いて、最後の煙を天井へ吐き出した。それはさっきの、乾いた笑いと共に吐かれた煙と同じ色をしていたが、真っ直ぐと天井へ向かう。
「何かしら、希望を持って死んだのかもしれん。本当に生まれ変わるということが、人の身でいなくなることが、希望になり得るのかは分からんが……少なくとも、普通ではないのじゃよ。じゃが、あの目からは良い気分を感じる」
「フッ、随分と適当な根拠だ」
太三郎の、実態が煙のようにつかめないフワフワとした言葉を聞いて、天翔は鼻で笑ってそれを吹き飛ばす。それに対し、太三郎は少しムッとした感じで立ち上がり、煙管を懐に突っ込んで鼻を鳴らす。
「フン、よく言うわこのビビり。儂が勇気と話しとる間、後ろでビクビクと」
「ビクビク? していないさ。様子を見たかっただけだ」
「様子が見たかった、じゃと? ……まあ良い。後で、いつでもいいから勇気に自己紹介はしておくのじゃぞ」
太三郎は天翔の言葉で何かを察したかのように俯いた後で、食堂から出ていく。天翔はそれを、椅子に座ったまま、目の端で見送るのだった。
二人の間には、言葉なしにも伝わるような絆がある。目線だけで、背中だけで、雰囲気だけで伝わるような、確かな糸がつながって……
「結局、道を切り開くのは子らだ。あまり、手は出し過ぎるなよ」
最後、天翔は念押しするように言った。テーブルの上に肘をついて、深刻な顔を虚空へと向けて。それに対し、太三郎は食堂の出口に真正面から向かいながら、天翔の方へは全く振り返らず、小さく頷いて返した。
「おう、分かっておるとも」
究明パート
まあ、そんな仰々しい名をつけるものでもありませんが……
違和感満載の勇気のことを、客観から問い詰めていくパートであります




