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天翔の憂鬱

「天翔さんッ! 久しぶりッス!」


「ああ、久しぶり……随分とテンションが高いな」


 天翔は土砂降りの雨の中、ある建物の玄関に立っていた。妖館の一号ほどではないが、普通から見れば大きめの館である。恐らくは太三郎の言った、妖館の手足であろう。


 そして、天翔の目の前には黒髪の元気はつらつとした女性が立っている。彼女は天翔が憂鬱そうな顔をしているのも目に入らないという様子で、ハチャメチャに騒ぎ続ける。


「いやまあそッスね! 河童にしてみれば、こういう土砂降りはありがたいことこの上ないんで! あ、天翔さんも頭に水、かぶってみますかッ!」


 天翔の正面に立っている女性は突如、懐からどうやってしまったのかというサイズのバケツを取り出す。そうしてそれを雨に晒し、水をためながら天翔に笑顔を向けた。屈託のない、純粋な。

 だが、口から放たれた内容はとんでもないものだ。それを聞いた天翔は冷や汗を浮かべて、身を引かせようとする。


「あ? お前何言って……」


 が、遅い。女性は既に、バケツを構えて天翔の頭部に向けていた。


「はいドーンッ!!」


 そうして天翔は土砂降りの雨の中、本来はかぶらなくていいはずの雨水を顔面から浴びたのだった。












「すいませんッス。本当に……」


「次にやったらお前の頭を叩き割る」


 所変わって、というか中に入って。天翔と先ほどの女性は件の建物の応接間で座って向かい合っていた。先ほどと違うのは、天翔の全身が濡れているのと、女性の頭にアイスクリームのようなたんこぶが出来上がっていることだ。


 応接間の中は灯りに照らされて明るかった。が、外が雨ということもあり、光は全てを覆い切ることは出来ていない。所々、暗い所がある。

 そんな中で、一通りの謝罪を終えた女性は顔を上げて天翔に向かう。


「えっと……様子を見に来たんッスよね?」


「まあ、そうだな。んで、調子はどうなんだ。何も問題はないか?」


「えぇ~っと……ちと待ってくださいね……」


 女性は天翔の問いを受けると、懐をあさり始める。そうして取り出したのは、手帳である。その手帳の表紙には「天翔さんLOVE」だとか、「タマさん大好き」とかいう文言が蛍光色で書いてあった。それを見た天翔は、ピクピクと眉をひそめる。


(こ、こいつまだこんな……)


 と、彼がゆっくりそんな風に思う間もなく、女性は再び口を開いた。


「最近は何も問題はないッスね。ウチには怪我をする子も無し、病気になる子も無しッス!」


「ほう、よかったよ。……ウチには?」


 天翔は女性の言葉の、少しだけ引っかかる部分を聞き直した。ウチには、つまり他はどうなのだろう。

 それを問われると、女性は快活な様子を奥にやって、少しだけ俯いて言った。


「どうやら、フツヌシさんが現れる所が広がっているらしいッス。それで、隣の妖館に……」


「ああ…………」


「一応、子供達には必要以上に外には出ないようにさせているッス。人気のない所にはあまり寄らないようにとか、三人以上でいるようにとかも付け加えて。……最悪、迎撃もやむなしってことにしてるッス」


「そうか……。そろそろ、手段は選んでられんかもしれんな」


 女性が俯いて話したことを受けて、天翔は自分の手を眺めた。そうして、何か決心をするようにそれを握りしめる。何の決心だろうか。

 どうやら、女性にはそれが分かったらしい。つまり、天翔が何を思い、何を決断したのか。それを察した女性は、焦ったようにして口を開き、言った。


「フツヌシさんは……その、可哀そうな人だったじゃないッスか」


「……ああ」


「妖館に来てからは、そりゃもう私と同じレベルで天翔さんにゾッコンだったって聞いてるッス。なんか、太三郎さんは大嫌いだったみたいッスけど……。でも、こっちにいた時はすごい、皆を助ける人だったみたいじゃないッスか。奥さんと一緒で……いや、ともかく、その……あんまり……」


「大丈夫だ、安心しろ」


 天翔は、女性がとてつもなく不安そうに言った言葉のその全てを受けて、大丈夫だと言い切った。静かに、何も持たない顔で。笑みもない、俯くのもない。無表情だ。そんな風で、安心しろと言い切った。

 女性はそれを受けて……


「分かりました。フツヌシさんの件は、天翔さんに任せるッス」


 手帳を閉じながら、そう言い切った。何やら、天翔の顔を見て安心し切ったらしい。圧倒的なまでの無表情だったが……

 

 しばらくして、天翔はおもむろに腰を上げる。そうして言うことに、


「よし。では、もう私は次に行くよ」


 だそうだ。だが、それを受けた女性は黙っていなかった。椅子から立ち上がって、天翔の腰に抱き着く。


「ちょ待ってください! まだ三十分もしてないじゃないッスか! もっとゆっくりしていってくださいよっ!」


 女性はどうやら、もっと天翔にゆっくりしていってほしいらしかった。さっきの手帳に書かれていた言葉の通りだとしたら、まあその行動も頷ける。

 だが、天翔はそれをよしとはしない。腰を振って、女性がしがみついてくるのを振り払おうとする。


 そんな感じで、二人は親子のような立場関係であるのにもかかわらず、随分楽しそうにはしゃぐのであった。互いに笑顔はないが、それでも。


「なっ……私には時間がないんだ。離さないか……この!」


「離さないッス。離すのは天翔さんがここでゆっくりしてくれるって言った時か、私と付き合ってくれるって言った時かのどっちかッス!!」


「な、何を言っているんだお前は!? 昔っからそんな、面白くもない冗談ばかり言って……」


「冗談じゃないッス! どんだけ朴念仁なんッスか天翔さんは! 妖館の女子の間じゃ、天翔さんファンクラブなんてのも出来てるくらいなんッスよ!!」


「なんだその気色悪いファンクラブは!? どっちかって言うと、照とかの方がそういう方向じゃないか! こう、イケメンじゃないかアイツの方が!」


「えぇ~? 違うんッスよ照さんは。照さんはこう……優しいお兄ちゃんみたいな?」


「じゃあ太三郎はッ!?」


「……隣ん()のおじさん……ッスかね」


「河野が、おじさん臭いと言っていた、って伝えておく……」


「やっ、やめてくださいッス―――――ッ!!!」











 一方、どこかの妖館。そこでは太三郎と、そこの主と思われる男が話していたのだった。


「…………ぶぁっくしょいッ!! ……ん、誰か儂の噂をしとったのかの」


「大方、オッサン臭いとか言われてたんじゃないですかい? いい意味で」


「……いい意味のオッサン臭いって何じゃ?」


「さあ……なんでしょうね? まあ、太三郎さんが悪く言われるなんてこたぁありませんって」

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