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雨の日

「……ん…………」


 勇気は朝、目を覚ました。目覚まし時計のチャイムの音ではない。そのほかの、ある音によって目を覚ましたのだ。勇気はそれのする方へ、ベッドから足を下ろしながら目を向けた。


「……雨、か」


 窓の外には、外の景色の奥を見せるのを拒むような雨が降っていた。土砂降り、そのままである。その耳障りなザーザーという音で、勇気は目を覚ましたのだ。


(まあ、予報通り……)


 そんなことを思いながら勇気は部屋着から洋服へと着替え、洗面台へ向かった。そうして顔にパシャッと水をかけ、顔を洗う。


 外では、空が泣いているような雨が降っていた。乱暴ではない。これから起こる不幸を、そしてそれに対して、涙を流す預言者のような……。










「マーレ?」


 勇気は顔を洗い、適当に身支度を整えた後で食堂へやって来た。すると、最初に目についたのは食堂の中の一つのテーブルに、顔を突っ伏して寝ているマーレの姿であった。学校の制服を着ている。それを目に留めると、勇気は彼女の方へと走り寄って声をかけた。


「おいマーレ! どうした。いつもはこの時間、散歩してないか?」


 勇気がそう声をかけると、マーレはだるそうに首をもたげる。そうして、ため息を吐いた。


「勇気……。ちょっと今、疲れててね」


「……ああ。そう、なのか。……なんかしてたのか?」


「いや、別に……」


 マーレは自分の腕を枕にするようにして、勇気に返す。その姿は、少し気だるげであった。朝だからであろうか。ともかく、勇気はマーレの横の椅子に座った。


「そうか……。まあ、受験が終わったと言っても、学校には行かないとな」


「うん……ま、そうね」


 勇気とマーレは、言葉少なく、そのまま沈黙に入る。だが、その間には沈黙の気まずさ、というようなものはなかった。気持ちのいい静けさ、とでも言おうか。普通に聞けば不愉快に聞こえる雨音も、壁越しにくぐもって二人の沈黙にリズムを流す。


「私ね、人には一つずつ、困難があると思うの」


「…………ん?」


 そんな中で、唐突にマーレは口を開いた。そうして言うことに、人には一つずつ、困難があると。勇気は思わず、その言葉に問いをかける。


「……どうして急に、そんなことを? まあ、よく言われそうなことではあるが……」


「……何でかしら。……いや、決まり切ってるわね。琴音が、多分今、それに直面してるから」


 マーレは体を起こして、次は椅子の背もたれに体重をかける。そうしながら首を押さえて、やれやれと言うように口を動かした。勇気に話しているのだろうが、自分に確認を取っているような、そんな雰囲気である。


「私、鼬、涼、ララ、アンタ……。それに、太三郎さんや天翔さんみたいな、巨大すぎる人にもあるんだと思うの。それが過ぎたかどうかは知らないけど、ね」


「……それで?」


「……そういう困難って、一人で乗り越える物じゃ……ないわよね?」


 そこまで言って、マーレは今日初めて、勇気の方へと顔を向けた。フッと、自然に。

 だが、勇気はマーレの顔を見て思わず目を見はった。不安そうだったのだ。しかし、勇気がどう思おうがそんなことには構わず、マーレは口を動かす。


「分からなくなってきたのよ。今まで、何の気なしに琴音へ手を差し伸べてきた。けど、全部一回断られるの。それは、何でかなって……。もしかしたら、困難が一人で乗り越えてこそ、価値のあるものだから、なのかもしれないなって……だったら私、馬鹿なことをし続けてたってことになるけど……」


「違う、マーレ」


「ん……勇気?」


 思わず、勇気はマーレの言葉に被せて言った。お前の言っていることは間違いだ、と。

 自分の言葉を遮られたマーレは、勇気の方を見る。すると、彼は眉間にしわを寄せて、断固とした表情をしていた。そんな顔で、マーレを見ながら言う。


「一人で乗り越える困難なんてのは、ゲームの中だけで十分だ。現実ではむしろ、皆で乗り越えることに意味がある」


「皆で……」


「この間に、確信したんだ。お前達三人に、助けられた日だよ」


「…………ああ、あれ」


 勇気が言ったのは、つまりあのことだろう。彼の耳が、精神が、自分に対する強い敵意を受けて狂ってしまった時。その時に涼、鼬、マーレの三人が力を合わせて彼を正気に戻したこと。


「俺さ、お前達に会うまでは……自分でさえ助けることが出来なかったんだ。だからこそ、あんなことをしたわけだが……俺一人を懸ければ、何か出来ると思ったんだろう……だけど、そうじゃないんだ」


「………………」


「手を取り合って、歩むことなんだ。そうじゃなきゃ、人は何も出来ないんだよ。一人で走ってても、何も残らない。そんなんじゃ、笑うこともままならない。だけど、お前達に会ってさ。笑うことも、冗談を言うことも、俺は出来るようになったんだぜ? ……一人で生きてきた経験と、親友と生きているって経験を持っている俺から言わせれば……」


 勇気は溜めて、言った。


「一人で生きるなんて、駄目だ。罪だ。もし、そんな風に琴音が生きてるんだったら……頼ってこなくても、無理矢理にでも、拒んでも、手を引っ張るべきだ」


「…………! ククッ…………」


 勇気が、自分の方を向いて自信満々気に言って見せた言葉を受けて、マーレは驚いた。その後で、少しだけ笑って肩を揺らす。それを見て、勇気も口元に笑みを浮かべた。


 どうやら、マーレは顔に自信を灯したようだった。


「当然ね。フッ、当然すぎることを聞いたわ」


「ああ、全くだ」


 二人は雨の朝に、笑った。

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