助ける、それが一番重要だ
「さて、ではこれから……」
勇気の部屋で、勇気とララ、それに太三郎の三人は話していた。前々回の通りである。太三郎が二人に対し、自身の営む妖館がどういうもので、どういう意図を持って存在していたモノかということを語り聞かせていたのだ。
それが一件落着したころ。太三郎はこれからのことを話そうと顔を上げる。だが、その瞬間だった。ガチャリという玄関の扉を開く音が、遠くに聞こえてくる。その音を耳に入れると、三人は同じく出口の方を見た。
「……どうやら、三人が帰ってきたようじゃの」
つまり、そういうことだろう。涼、マーレ、鼬が帰ってきた。それ以外の要因で、妖館の扉が開閉することはない。それを受けて、ララは元気な笑みを浮かべて言う。
「うん、そうらしいね。迎えに行こうよ、二人共」
「ああ、そうだな」
「うむ」
ララの提案に、勇気と太三郎の二人は頷いて立ち上がったのだった。
「お帰り~……って、あれ? 鼬は?」
勇気とララ、それに太三郎が妖館の玄関に赴いてみれば、そこには涼とマーレがいた。涼とマーレしか、いなかったのである。いつも通りであれば、そこには学校に行っている三人組が、つまり涼とマーレ、鼬がいるべきなのだ。しかし、鼬はそこにはいなかった。それに対して、ララは首を傾げたのである。
当然、不思議に思うのはララだけではない。玄関に立つ二人を見て、太三郎が問う。
「お主ら、鼬はどうしたんじゃ? 今日だけ、何らかの係とか、そういう感じかの?」
「いんや、ちょっと違うの。少し野暮用があって」
「っていうか、太三郎さん。まだ出てなかったの?」
太三郎の問いに、涼が答える。その後で、次はマーレが首を傾げた。何で太三郎がそこにいるのか、疑問だと言うらしい。
「今日から見回りなんじゃなかったの?」
「……ん、マーレ。お前、太三郎さんが見回りに出るって知ってたのか?」
勇気は思わず、問いを投げてしまう。さっきまで自分とララが知らなかった、太三郎達の見回りのことをどうしてマーレが知っているのだろうという疑問だ。質問を受けたマーレは、首をすくめて答える。
「別に……。今までの感じから、そうかなって」
「勇気とララは知らないかもしれないけど、見回りの前の日は絶対、タマさん達がここに集まるの。だから、知ってたってよりは、そうかなぁって予想」
「へぇ……なるほどな」
勇気は涼の説明を受けて頷く。どうやら涼達にとっては、太三郎達が遠出することなど既知の事実だったらしい。
「……って、そんなことはいいのよ」
「ん?」
勇気の疑問を解消したところで、涼が声を上げる。そんなことはどうでもいいのだ、と。その言葉を耳にすると、妖館に残っていた三人は怪訝そうな表情をして彼女の方に目を向ける。反して、マーレはすましたようであったが……四人の視線を受けたままで、涼は口を開く。
「ちょっと勉強のことで勇気と話したいの」
「つまり、琴音の様子が気になるから」
「勉強を中断して、とりあえず俺とララも連れて琴音を手伝いに行きたい、って?」
勇気とララは、食堂で涼達の話を聞いた。要するに、言葉の通りだ。琴音が随分と疲れているようだったから、自分達が支えなくちゃならない。そのために時間が欲しいから、一旦、勉強する時間をそちらに割り当てたい、と。
ちなみに関係ないが、その場に太三郎はいない。いつもこの辺りを見回っていた天翔がいないから、自分がその役を担うとのことだった。彼はやはり、努力は惜しまないタイプなのだろう。本当なら、別に一日くらいは開けてもいいはずだが……
話を戻そう。勇気達が涼の提案を受けた所だった。説明を終えた涼は、必死そのものという様子で勇気に頼み込む。……頭を下げたのだ
「お願い。琴音、全然、見てられないって感じだったの。多分、昨日から今日までの間に何かあったのよ。こんな短い期間であんなに落ち込むなんていう、相当な何かが。そうでなくても、あいつ、いっつも疲れてた。助けてあげたいの。私との約束の前借りと思って……お願い」
涼は、普段なら有り得ない頭を下げるという行為をしてまで勇気に頼み込んだ。涼が勇気にそうするのを、ララは驚く目で、マーレは冷ややかな目で見守った。ララは単純な驚嘆、そしてマーレは、勇気に対しての、少しの威圧だろうか。そう見えるほど、静かな目であった。
そうして、当の勇気だが……一つの間だけ黙った後で、フッと笑って言った。
「当たり前だろ。というか、気持ち悪いから頭下げんのなんてやめてくれよ」
その言葉に、場の空気は疑問に包まれた。それを、涼が口にする。
「え…………だって、めっちゃスパルタでやるって息巻いてたじゃない? 勉強」
「いや、いやいや。……一番重要なのは、助けることだ。確かにお前の受験勉強は重要だし、もし落ちていたら相当に焦んなくちゃならない。けど……」
勇気はまた、フッと笑って言った。
「他でもないお前の頼みだ。二度も、救われているんだから。聞かないわけもないだろ? それに、決心をするのはお前の方が重かったはずだ。お前の受験なんだから。それを、お前は踏み出してくれたんだ。俺があわせないで、どうするんだよ」
何のよどみもなく、純粋そのもの、無垢な表情で笑って、言ってみせた。当然だと。……
「ありがとね、勇気」
「……え? 何言ってるんだ涼。俺は一旦勉強をやめて、とりあえず他人の手伝いをしようかなって言っただけだぜ。俺が礼を言われるなんてこと、あったか?」
「あぁ……なんでもないの」
涼は自然と、口を動かした。大きい感謝からだ。勇気は自分が礼を言われる理由が分からないと言ったが、涼にとっては……様々な理由があったのだ。それは言葉では言い表せない、多くあるようで、一つの。大切な理由が。
その濃すぎる感謝に少しばかり酔った後で、涼は気分を変えて立ち上がった。つまり……
「そうと分かれば今から行きましょう!!」
今から全速前進だ、ということ。涼の頭の中からは勉強の悉くが消え失せ、そして琴音の事だけになったのだ。助けなければ、手を差し伸べなければ、という感情である。
「よしっ、分かった。私も行くよ、涼!」
涼が元気に宣言し、腰を上げると、それに連なるようにしてララも立ち上がる。言葉の通りだ。今からでも、少しでも早く、琴音に手を伸ばしてやらなければという気持ちから来る行動。
そしてまた、一人つられる。勇気だ。二人が笑顔で立ち上がるのを見て、自分もと思ったのだろう。そうして、残った一人に彼は手を差し伸べた。
「俺も行く。当然だな。さ、マーレも行こうぜ」
マーレだ。だが、彼女は座ったままだった。勇気の言葉を受けても、三人が立つのを受けても。彼女は、申し訳ない、と手を縦にして言う。
「本当に悪いんだけど、私は無理」
「え……どうして?」
思わず、ララは問う。だが、その次の瞬間ハッとなって気付いた。
「ああそっか。琴音のお母さんのお店って、ラーメン屋で……ニンニク使うかもしれないんだね」
そうだ。前にマーレが肩を落として落胆していたことだ。ニンニクが使われている店で、吸血鬼である自分はそれがあるとまともに行動できなくなってしまうから、手伝いに行けない、と。
悔しげに、マーレはララの言葉に頷いた。
「うん、そう。かもって言うか、使うんだけどさ。……本当に悪いわ。無力で本当にごめんなさい。普段は吸血鬼だったことを便利に思うけど、こればかりは……」
ガチャッ
「………………ん?」
マーレが苦虫を噛み潰したような表情をして自分のことを攻め立てていると……その途中で、ガチャッという玄関の扉が開く音がする。一同は壁越しで見えないとはいえ、首を傾げて玄関の方へと目を向けるのであった。




