妖と神
「儂らがどのような妖怪か、か……」
「割とどうでもいい事を聞くのね?」
「え、そんなにどうでもいいか?」
勇気と涼は太三郎に今日の事の次第を話した。そうした後、勇気が質問する番となり、まず彼は目の前の涼と太三郎が何の妖怪なのか、とそう質問をしたのだった。
それを受けると、妖怪の二人はお互いに顔を見合わせ、少し以外だと首をすくめてみせた。だが、そのすぐ後に答える。
「まあいいわ。じゃ、まず私から。私は鬼よ」
「儂は化け狸じゃよ」
意外と、二人はあっさりと勇気の質問に答える。
聞くに、涼が鬼で、太三郎が化け狸だそうだ。その答えを得た勇気は、今一度二人の容姿を下から上まで確認する。そして、それを終えた後に礼を言いながら背もたれに寄りかかる。
「そうか、ありがとう……」
(やっぱり、人間ってのは信用ならないな。伝承の通りなら、涼が鬼なんてあり得ないだろ)
勇気は頭の中でそう呟き、そして再び次の質問へと入る。
「じゃあ次。俺と涼を襲っ……」
(……いや、そうじゃない。もっと、根本的な事を聞くべきだろ)
「俺って、どうなるんだ?」
勇気は口を動かしている最中でそれを止め、言葉を変えた。
そうだ。勇気は涼に連れてこられはしたが、この後どうする、こうする等の話は一度も聞いていない。本来なら一番にするところであろうが、他の物事が色濃く主張をしたために触れられなかった。
勇気のその問いに、太三郎はようやくかと、煙管を口に咥えて話し始める。
「儂らが保護する。あと、後でお主の暮らす家の電話番号を教えよ、対処する。……と、まだ話しておらんが、お主を保護する理由が多くある。第一に、危険じゃ」
「危険……?」
「そこら辺も、解いてゆくかのぅ」
「自殺、というか死の淵を彷徨ってしまうと、匂いがつくのよ」
太三郎の説明の意思を、涼が横から入ることで継ぐ。そうして言った。自殺すると、匂いがつくと。勇気はすぐに眉をひそめる。
「どんな匂いなんだ」
それが分からなければ、何も分からない。勇気は匂いがどういうものかを問う。
「妖怪や、神の鼻にのみ入る異臭じゃよ。それは強く、魍魎の類ならば数キロ離れていても位置が分かるほどじゃ」
「ちなみに、くさやみたいな匂いがするわ」
「え、今俺くさやの匂いしてんの?」
「冗談よ。腐卵臭の強化番みたいな匂いがするわ」
(嘘をつく意味……)
勇気は涼の軽い冗談に、少しだけ呆れる。だが、その後にフッと笑った。一瞬だけ、目の前の涼と太三郎が気付かないほど短く、こう思ったのだ。
(嘘を言われたのは……いや、気づいたのは初めてだな)
そうだ。勇気は人の心が聞こえてしまう。だが、涼に関して言えばそれが遅れたり、聞こえづらかったりする。勇気は晴れて、人生初の冗談を言われたのだ。
(しかし、人生初がこんなのねぇ)
勇気はそう思いながらも、嬉しかった。自分が冗談を言われるのが初めてというのもある。だが、それ以上に、彼にとってはそこまでの間柄になる人間の方がほとんど初めてなのだ。
(友達……あぁ)
「して、その匂いを嫌う者もおるんじゃよ」
「……はっ! お、おう」
夢見心地な勇気を、太三郎の声が起こす。そうして言うことに、勇気など、死の淵を彷徨った人間にはある匂いがつくらしい。それを嫌う者どももいる、とも。
そうして太三郎はここぞと、人差し指を立てて言う。
「特に、お主らを襲った奴。あれはタチが悪い」
「あいつが……」
「あれは神じゃ」
「え?」
勇気は耳を疑った。あの、あのスーツ姿で自分達に刀を向けてきた、あの男が神。にわかには信じがたい話だ。
その当惑が表に出ていたのかもしれない。太三郎が口を開く。
「神といっても、そこまで妖怪と変わらん。寿命があるかどうか、そのくらいの違いじゃな。ちなみに、神には寿命がない」
「へ、へぇ……」
「それで、お主らを襲った神じゃが、あれは名をフツヌシという」
「フツヌシ?」
「ま、奴のルーツはどうでも良い。問題は、奴が妖怪と人間、特に自殺した人間を嫌うことじゃ」
太三郎は煙管を口から離し、フッと吐く。
「奴はの、大分前に女房と、その腹におった赤子を殺されたんじゃ」
「……そうか」
「妖怪と、自殺して儂らが保護した人間にの……。あの時ばかりは、あ奴に死んで詫びようとも思った。じゃが、それは儂にはできんからの……」
太三郎はまた、煙管を口から離して葉を灰皿に落とす。そうする中、勇気と涼の間の空気は重かった。どう考えても、明るくなれるわけもない。
だがまた、それを振り払うように太三郎が口を開く。
「ま、当面奴のことは心配せんでええ。儂がお主の匂いを消した。さっき、傷を治した時にの」
「あ、ああ……。ありがとうな。っていうか、あれブレスケアじゃなかったのか?」
「あれ、冗談じゃよ? 本気にしたんか?」
(ぐ……また冗談、か。別に面白くはないが……ふふ)
勇気の口元に、笑みが浮かぶ。また、うれしいと思ったのだ。だが、太三郎と涼はそれに気付かずに話を進める。
「まあ、ともかくは大丈夫じゃ。お主が外を歩いていても、運が悪くなければ奴とは会わん」
「そうね……。一応、アンタが外に出る時は私達の誰かがついていくわ。守れるように」
「そうか、ありがとう」
勇気は二人の尽力に、頭を下げる。そうして、自分の立場を考えてため息をついた。
「俺はあんなことをしたっていうのに、お前達みたいなのに会えて……本当に」
「なに、儂らは元からやっていたことをお主にもしているだけ。それに、ここにきた者は大概、元よりも不幸になったと言うぞ?」
「え?」
太三郎は急に、妙なことを言う。妖館に来た者は、不幸になると。勇気は困惑をあらわにするが、太三郎はそれに構わず話を進める。
「じゃが、お主は特殊じゃからな。違う結果になるかもしれん。それに、儂らがすることも良いことばかりではな……」
太三郎がそこまで言った時だった。
ガチャッ
「ただいま〜!」
妖館の玄関の方から扉の開く音、それに少年と少女の声が一人づつ響いてくる。そしてその足音は妖館の中に入ってくると、三人の方へと少しづつ向かってきたのだった。




