すべての人が己が意思で……
「儂はの、全ての生き物が、己が意志で前に踏み出せる世界を創りたいと思っておるんじゃ」
「全ての生き物が……」
「己が意思、で?」
太三郎の言葉に、勇気とララは順に首を傾げた。確かに、一言で言われてすぐにパッと頭に入ってくる内容ではない。まして、さっきまでは妖館が多い理由を話していたはずだ。
と、二人が首を傾げるのを見て、太三郎は付け加える。
「その一歩……というかまあ、自分の手の届く範囲でそれをつくっておるんじゃよ。妖館の数を増やしておるのも、その一環じゃ。多くの所に妖館があれば、多くの人を救える。人間、妖怪は問わずの。助けた者に頼んで妖館を増やせば、どんどんと救える人は増える」
太三郎は煙管を口に咥えて、ふーっと息を吐く。そうしながら、遠くを見る目で言うのだった。自分に言い聞かせるように、遠くに手を伸ばすように。
「恐らく、この夢は一生をかけても達成できん」
「え、そうかな……」
「そうじゃよララ。助けることが出来ても、前を向かせるのはの。それに、世は儂らが手を広げるには大きすぎるんじゃ……でものぅ! そうやって、出来ないからと言い訳して、出来ることさえしないというのは嫌なんじゃよ。自分の手の届く範囲で、この手で救って、救って……。実を成さずとも、水をやることが大事なんじゃ……」
太三郎は口の端に煙管を当てて、息を吸う。そうして、ふーっと息を吐いて煙をくゆらせた。その彼の様子を見ていた勇気とララはまるで、彼のことを賢者のように思った。そうして、自然に口が開くような感じで言う。
「太三郎さんって……前から思ってたけどよ」
「ん、何じゃ?」
「うん、勇気……。すごくいい人で、かっこいいよね」
「……ぬぁ!? お主らは何を言っておるんじゃ!」
勇気とララが呟くと、その言葉に太三郎は顔を真っ赤にして反応する。どうやら、褒められるのにはあまり慣れていないようであった。それを知ってか知らずか、勇気とララはまだ彼のことを褒めちぎる。
「俺達の事、根っこから見てくれるし……」
「い、いや……別に、子らのことをよく見るのは当たり前じゃろが……」
「親身になって相談乗ってくれるし……。さっきまでゲロ吐いてたとは思えないよ」
「お主ララ! それは褒めとらんじゃろ! いや褒めてほしいわけじゃないんじゃが……んぐぅ……もどかしいのぅ……」
太三郎は顔を真っ赤にしながら、軽く頭を掻く。その様子は、さっきまで賢人かのようにふるまっていたのとは全然違い、普通の、少しだけ恥ずかしがり屋の年配に見えた。
そうしてしばらく。太三郎は思い出したようにして声を上げる。
「……っと、そうじゃ。言っておかねばならぬことがあるんじゃ」
「ん、なんだ太三郎さん?」
太三郎の言葉に、勇気は相槌を打って疑問を示す。それを受けて、太三郎はスムーズに話を進めた。
「うむ。天翔とタマ、それに照。儂もじゃが、しばらくここには顔を出さん。留守にする。とりあえず、この日本中にある妖館を手分けして四人で回るからの。儂は……明日からにする。あ奴ら、人のことを待たんで先に行ってしまったからの」
「……へぇ。え?」
「それって……大丈夫なの? いや、生活的には困らなさそうだけど……。二号の時にもあったことだけど、あそこには他の大人がいたから……」
勇気とララは思わず不安を感じてしまった。ララも、妖館の二号にいた時にそういうことはあったらしい。だが、その時には他の大人がいたようだ。しかし、今回は子供だけだ。勇気、涼、鼬、マーレ、ララ。五人いるとはいえ、大きな館に子供が五人だ。少し不安だろう。
だが、太三郎はそんな二人の不安そうな表情を受けても、全然平気という具合であった。
「なに、大丈夫じゃよ。お主らはともかく、鼬達はもう何回も経験済みじゃ。毎年、この時期にやっておる。奴らにしては、小うるさい大人がいなくて都合がいい期間とでも、思われてるんじゃいかの?」
太三郎はそう言って、欠伸をした。本当に、些細な事であると言った様子だ。
「いや……多分、そんな風には思われてないと思うけどよ」
「……まあそうかもしれんの……ともかく、儂は明日の朝からここを発つ。その間、絶対に妖館の中には一人はいるようにするんじゃ。それと……」
太三郎はそこまで言うと、煙管を口に咥える。そうして息を吸い、煙を吐いた。すると、また何か操っているのだろう。煙は太三郎の口から出ると、その場で球状にとどまる。その煙の中に、太三郎は手を突っ込み、すぐに引っ込めた。手には何かを握っている様子だ。そうして、それを勇気の方へと投げ渡す。
「ほれ、これを持っておってくれ」
「ん、よっ……と。で、何だこれ?」
勇気は太三郎が投げ渡したものをキャッチして、それを目に入れる。すると、それはスマホであった。隣からララもそれを覗いて、興味深そうにそれをつついた。
「スマホだ~。でも、こんなの持たせてどうするの?」
「妖館に来る電話はそこに来るようになっておるんじゃ。それに、儂らと連絡も出来るようになっておるからの。ま、もしもの時のためにということじゃ。持っておれ、勇気」
「ん……ああ。分かったよ、太三郎さん」
太三郎の言葉に、勇気は頷いて示す。まあ、断る理由もないということだ。勇気が頷くのを目で見て確認すると、太三郎は満足げに、頼むぞ、と言ってまた煙管を口に咥えるのだった。




