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用事

 タマは一人、食堂を抜け出して廊下に出た。やるせない表情である。そんな風に、彼女が勇気達との話を終えると外の廊下には照が立っていた。彼は、廊下の壁に背を預けながら、タマに問う。


「何か、勇気に言ったの?」


「照……。昨日、五、六リットル吐いていたから動けないと思っていたが。今も顔、青いけど大丈夫か?」


「……本当にひどい目にあったよ」


 照は頭を抱えて、何かを思い出すようにしてため息を吐く。いや、思い出すだけではないか。本当に頭が痛いらしい。照の表情は、会社の飲み会で酔い潰れ、その次の日にひどい二日酔いに頭をやられる普通の会社員のようであった。そんな風で、タマを睨みつける。


「何、なんで、じゃあ一杯行っておくか、で器一杯じゃなくて瓶一本飲むの? 太三郎は小さい杯を一杯だけで酔いつぶれるし、その後で君に続けて飲まされて気絶しちゃってさ。そのせいで僕に君の矛先が行くし……」


「おいおい、まだ飲みたいのか?」


 照の言葉を聞いて、タマはわざとらしく笑い、懐からいつの間に突っ込んでいたのか、大きめの酒瓶を取り出して示す。それを見た照は顔を青ざめさせ、首をブンブンと振る。


「いいよいらない! もうジャーマンスープレックス喰らった時みたいな頭になるのは勘弁だよ」


「今から物理的にかけてやろうか?」


「はぁ……朝から元気だね、タマは……。話を戻したいんだけど? 勇気に何を話したんだい?」


 タマの冗談を受けて、半ば機嫌を崩して照は言う。なぜか、結構イライラしているようだった。そんな彼を見て、いつもの様子からは少し違うなと、タマは首を傾げる。


「どうした、照。いつもなら、そんな風にイライラしたりはしないだろ?」


「二日酔いしてるとイライラするの、分かる?」


「あ……ああ。すまない」


 照は、タマの疑問に満面の笑みで答える。その笑みの奥には、漆黒の意志がうるしのように光っていた。そして、威圧的な目だ。笑顔だが、心の奥底から冷えるような。それを見てタマは、少しだけ小さくなってから謝る。流石に、照のその笑顔には謝らざるを得ない、と言った所らしい。


 と、そうしてしばらく。タマは本格的に、最初の話題に戻る。


「話したよ。その在り方は、間違い過ぎていると」


「……他人を自分より優先しちゃうとか、どうたらこうたらの話?」


「当たり前だ。他に何がある……」


 タマは胸の前に腕を組んで、息を吐く。その様子は自らの子供の問題について、語る親のような風貌であった。そしてまた、照は井戸端会議にて他人の子の様子を聞く親のようでもあった。

 そうして、タマは言う。


「あれの問題は、心を理解してしまう悟りの性質でも、人のみを嫌うその性根でもない。本人は気にしているかもしれないが、あんなのはただの端においておけるような、些細な問題だ。……あれは…………」


 そうやって、タマが勇気の問題点について語っていた時だった。


「そうだな。勇気の問題は、そんな表面に出てくるようなモノじゃあない」


 タマと照のいる廊下に、男声が響き渡る。二人が声のした方向へと目を向けて見れば、それは天翔だった。彼はだるいと全身で言っているかのような様子で、二人の方へと歩み寄ってくる。


「あいつの問題は、自分を大切に思ってないことだ」


「天翔……お前もそう思うか」


「そうかぁ……ふぅん」


 天翔とタマは、顔を合わせるなり同意を示す。やはり、勇気の問題は能力であったり、好き嫌いの問題ではないのだと。だが、そんな二人にあまり照は同調しかねるようであった。


「……まあ、いいや。それよりも、太三郎は? もう出た方がいい時間じゃないの?」


 だが、照はあまりそれを言葉にして言うことはなく、天翔に太三郎のことを聞く。照の言葉から察するに、四人には今から何かしらの用事があるらしい。

 だが、太三郎がこの場にいない。それを、ただいまこの場に来た天翔へ問うたのだ。それを受けると、天翔は白い眼をタマに向けて、ため息混じりに言う。


「どこかの飲んだくれが巻き込んだせいで、あいつはしばらく動けないよ。私も、少しけだるい」


 どうやら、言外にタマのことを責めているらしい。お前が酒を飲ませるから、太三郎は動けなくなったのだと。だが、それを受けても全然、タマは反省する様子はなかった。


「はっはっは! いやぁ別に、構わないだろぉ? 酒は良薬とも言うじゃないか。私は良薬を、奴に浴びせるほど飲ませてやっただけだ」


「どうやら通常時でもアルコールが頭にぶち込まれているように見える。なぁ照?」


「全くだね。一応、一応! 女なんだから。女らしくしてほしいよねぇ」


「二人共、あまり調子に乗りすぎるなよ?」


「はい」


 照と天翔が二人でタマのことを飲んだくれだと叩くと、彼女は額に青筋を浮かべてそれを咎めた。どうやら、女らしくないとか、自分のことを否定されるのは気に入らないらしい。彼女の怒気を受けて、男二人は委縮したように素直に答えるのだった。


 そうして……


「はぁ……まあいい。それじゃあ、そろそろ行くか。太三郎は……まあ、いいだろ」


 タマが最初に、沈黙を破る。どうやら、さっきも照が話していた用事とやらに、さっさと赴きたいらしい。それを受けた天翔と照は……顔を見合わせ、頷いた。


「そうだな。あいつなしでも、まあ何とかなる」


「うん。それに、さっさと行きたいし」


 頷く二人は、何故か楽しげである。そんな二人の顔を見て、タマもフッと笑い、妖館の玄関の方へと足を向けながら二人を振り返るのだった。


「さ、我が子らの様子を見に行こう。他の妖館も、うまくやれているか、な」

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