足りないモノ
「ま、お前という男のことはよく分かったよ。お人好しだな」
「……ま、まあその、否定はしないけどよ」
勇気とララは、タマにすべてを話し終えた。つまり、勇気のことだ。勇気がどんな人間か、そして彼がどのようなことをしてきたか。それを包み隠さず……とは言っても、勇気は妖館に来る前の過去の事だけは話さなかったが、それ以外はほとんど。
そこまで話して、最後にララは飛び上がって勇気に抱き着く。満面の笑みで、全くの悪意がない様子だ。抱き着かれた勇気は、顔を真っ赤にして気が気でないという感じだったが。
「勇気は本当に最高だよ! 私にとって一番近い人で、一番優しい人!!」
「あ、ああ、あ、あ……いや、まあ……」
「ふうん、そうか……ま、それはいいとして……」
勇気とララの慌ただしさを、まるで目の端にも入らなかったような対応をタマはした。すぐに、二人の言葉を流したのだ。流石にそんな反応を予想もしていなかった二人は、怪訝そうな表情をしてタマの方を見る。
彼女は、静かに顔を俯けていた。まるで、触れてはならないモノに触れてしまったかのように。そうして、そんな様子のままで口を開く。
「勇気」
「ん、ああ。なん……だよ」
「お前、自分が大切じゃないのか?」
顔を上げて、タマはそう勇気に問うた。その顔には……そこはかとない、悲しさがあった。何かに同情して、涙を流さないまでも、その一歩手前にいるかのような表情だ。
そんなタマの顔を見て、ララは驚く。
(タマさんのあんな顔……初めて)
彼女は見たことがなかったのだ。自分を助けてくれた慈愛の精神と、圧倒的なまでの自信に満ち満ちた人物だと思っていたタマが、こんなにも悲しそうな顔をしているのを。
だが、そんなことを知らずに、勇気は平然と答えた。
「大切じゃないってわけじゃないが……優先順位はある」
「優先順位?」
勇気の言葉を聞いて、ララとタマは同時に声を上げる。それだけ、よく分からない答えだった。それを察してか、勇気は説明を加える。
「俺の命は二の次なんだ。他の妖怪の命の方が、絶対に大切だと思ってるよ」
端的な説明を、簡単に済ませた。
つまり、勇気が言いたいのは……。自分は大切だ。だが、確実にそれよりも大切なものが、他にある。
そんな言葉を聞いて、ララは呆気にとられた。当然だ。自分の命が他よりも下に位置する、いいや、位置させてしまうような人間は普通ではない。普通どころか……ララは、勇気を神を見るような目で見た。そうして思うことは……
(それは……怖いよ)
「勇気」
「え、あ、おう。なんだ?」
ララが勇気に対して畏れの感情を抱いて視線を向けていると、彼に向かってタマが声を上げた。そうして、勇気に呼びかけるとゆっくりと語りだす。神妙な面持ちだ。
「その考え方は危ういよ。随分と、問題だ」
「え……?」
「自分より他人が大事。そのことは一見、透き通るガラス玉のような、光を反射するダイヤモンドのような透明な輝きを持っている。だが、違う。実際はそうじゃあない。それは、どうしようもないほどに間違っているんだ。何も、その中にないんだ。空っぽなんだ」
勇気の方へと真っ直ぐと視線をやって、タマは言った。お前は、ズレている。間違っている。そんな考え方はやめるべきだと、今はそこまで言っていないが、言外にそう感じるほどハッキリとした語調で。
だが、勇気も黙って聞いている訳ではなかった。タマの言葉を聞いて、反論する。
「……いや、でも。でも俺は、助けられてよかったと思ってる。涼も、ララも。それは、自分を犠牲にするって覚悟を持たないと出来ないことで……」
「分かってるさ。お前の、一番大切な者達にまで、その感情を向けるなとは言わないさ。分かるよ。私だって太三郎達のためだったら、自分の身を懸けられる」
「だったら……!」
「違うんだ」
勇気の反論するのに被せて、タマは言う。語る。勇気のその在り方の、どうしようもなく間違えてしまっている所を。
「お前は、どうでもいい奴にまでそれが出来るんじゃあないか?」
「は…………いや、そんなことは」
「出来てしまうんだ。……こういう言い方は好きじゃあないが、お前はララを助けた時、ララとは他人だっただろう?」
「…………」
「……ちょ、ちょっと待てよ! そんな言い方……」
「承知している。ひどい言い方だというのは。だが、これはハッキリさせなくてはならないんだ」
タマはそこまで言うと腰を上げて、勇気とララが並んで座っている脇を通り抜けようとする。そうしながら、そこに静かに置くように、言い残した。
「お前は、自分自身を大切にするべきなんだ。もし、通りがかった他人が死にそうで、自分が死ねばそれを助けられるとしても…………それは、やっちゃあいけないことなんだ。……では、用事があるから」
タマはそう言って、食堂を去るのだった。勇気の返答は、聞かなかった。それに彼は、それを言うこともなかった。何か、胸に引っかかる何かに、自分の頭を押さえて向き合っていたのだった。
(俺は……俺は……)




