またも、だ
琴音は、生徒指導室から教室に戻っていた。教室では既に昼休みに入っており、中では昼食を食べている子供達で賑わっている。そんな中で、琴音は涼達を見つけてその輪に入っていた。
そうして、しばらく……
「…………とね、琴音? 大丈夫?」
「……あ、うん。大丈夫だぜ?」
琴音は自分が呆けているのを、涼の声によって目覚めさせられる。ハッとした彼女は、辺りを見渡して自分の状況を確認した。すると、自分が涼とマーレ、鼬、三人に心配そうな目を向けられているということに気付く。
「あ……えっと、問題なしだぜ? ちと、眠くって。話聞いてなかったわ。何の話、してたっけ」
「……なんの話もしてないわ」
「あ……そう」
琴音の問いに、マーレが答える。素っ気なく、単純に。自分達は何の話もしていなかった、と。それを受けて、琴音は少し申し訳なさそうに身を縮めるのだった。そうなってしまったのは、マーレが少し、さっきの言葉を冷たく言い放ったからだが……
「いやぁ~。にしても、昨日は賑やかだったよな」
そんな雰囲気を、振り払うかのように鼬が声を上げた。彼なりの、気遣いであろうか。それは分からないがともかく、彼は明るい話題を四人の中に放り投げた。昨日、つまり琴音が初めて、勇気とララに会った受験結果発表の日だ。
話題を変えようとしているのを察してか、涼が口を開く。
「ま、そうね。勇気の奴と、それにララもいたから」
「そうだな。また、全員で一緒にどこか行ったりしたいよな」
鼬はその顔に笑みを浮かべて、言った。これからの展望、何かをしたいし、また遊びたいと。それを受けて、琴音は遠い目をして遠くの窓から外を見た。
「そう、だな。私も、あいつらと一緒にまた、遊びたい……」
そう呟く彼女の顔には、少しだけ翳りがあった。言葉自体に悪意があるのではなく、自分が想像していることを嫌に感じているような。
そんな表情を見て、鼬はまずいという表情をする。琴音に、何か嫌な気持ちをさせてしまったのではないかと思ったのだ。多分、彼のさっきの話題転換は意識してのことだったのだろう。
「あ、あのよ……」
そして、自分の汚点は自分で取り返す。そういう意志を持って、鼬が口を開いた時だった。
ガッ
「いだッ!」
机の下に伸ばされている鼬の足、その脛が、何かに思い切りぶつかる。いや、蹴られた。思わず彼はその痛みに声を上げ、顔を歪ませた。
だが、すぐに気を取り戻した鼬は辺りを見渡す。涼と、それに琴音は自分が悲痛の声を上げたのに気付いていないようだった。二人で、何かしらの話をしている。マーレは……
「…………」
呆れた顔をして、ちょいちょいと、自分の方に耳を寄せろと言うような仕草をした。それから見るに、さっきのはマーレなのだろう。それを察した鼬は、顔をしかめながらマーレの方に顔を寄せる。そうして、囁き声で二人は話し始めた。
(んっだよ! 急に蹴ったりすることないじゃんか!)
(アンタが、琴音に何かあっただろう日のことを話をするからでしょうがっ!)
(はあ? さっきの昨日の話か? いや、昨日は楽しそうだっただろ、琴音)
鼬の言葉を受けて、マーレはため息を吐く。
どうやら、二人は琴音の憔悴に気付いているようだった。気付いているからこその、そんな気遣いを前提とした話だ。だからこそマーレは少しの失態をしてしまった鼬に呆れるし、自分の気遣いによる行動を否定されて、鼬は少し期限を崩すというわけ。
そんな二人は、まだ囁き声で琴音にバレないようにしたまま、話を再開する。
(多分、その後で何かあったのよ。それか……多分、そんなに遊べてないことを重く思ってるか……)
(え、そうなのか?)
(はぁ……本当に、アンタは女の気持ちが分からないのね)
(んぐっ! ぐぅぅ……)
マーレの叱咤を受けて、鼬は机の上に崩れ落ちる。前に、彼はマーレの叱咤には興奮するという話があったが……こういった真剣な時には、本当にダメージを受けてしまうのだろう。相当に気落ちしたようであった。
そんな鼬を目の端に、マーレは息をつく。
(ま、いいわ。こっから、アンタは私に合わせてよ。したらまあ、なんかこういい方向に行くと……)
そう言いながら、マーレは涼と琴音の方へと目を戻そうとした。その時、彼女達は……
「…………本当にいいの?」
「ああ、いいんだって。今日は本当に、腹減ってないからさ」
そんな話をしていた。ふと涼と琴音の方へと視線を戻したマーレは、その二人の様子を観察する。
どうやら、涼が昼食を琴音に譲ろうとしているようだった。譲ろうとしていたのは、勇気の作った弁当の内の肉料理であった。前に彼女らが約束していた、弁当を譲ってやるという約束のモノ。今までも同じことを何度もしてきたというのに、琴音はそれを断っていたのだった。
「いいんだよ、本当に。悪いな、気ぃ遣わせちまってよ」
「う、うん……。まあ、アンタがいいなら、私もそれで……」
琴音は、涼の善意による行動を、強がりでなく、本当の意志で断った。表情は別に、何かを隠そうとしているようなモノではない。確かに気まずい、申し訳ないというような表情はしている。だがそれは、涼の善意を断ってしまったことから発露するもので、隠匿から来るものではないのであった……。
これは異常であった。何せその日、琴音は何も、口にしていなかったのだから。三人はそれに、気付くことはなかった。




