7 ルイーズの用事
「だとしても、ルイーズの家族は心配するだろうな」
考えて、少し憂鬱になる。
思わず、自身の環境と照らし合わせてしまったのだ。
もしも、自分の妹が村を出て、よその土地で危険に巻き込まれてしまったら、村を出したことを死ぬほど後悔するだろう。
まだ十歳にしかならない妹が村を出たいなんて、口にしたことはないけれども、年頃になれば外の世界に飛び出してみたい……などと、言わないとは限らない。
その時、自分は兄としてどう判断してやればいいのだろうか。
止めるべきか、送り出してやるべきか……
それとも、妹の安全を守るために共に村から出てやるか……
「あたくしの身は、父なる主に捧げておりますので、その辺りは心配には及びませんわ。それに元より、あたくしは肉親というものにはとんと縁はありませんの」
あっさりと言うルイーズに、グイズは言葉を失った。
それはつまり……
一瞬のためらいのあと、小さく「ごめん」と謝る。
グイズとて、両親を亡くしている身である。当然のように、ルーズにも二親がいると考えては、ならなかったのだ。
「……兄弟とかは?」
「一人っ子のはずですわ」
ということは、親もなく兄弟もなく、ルイーズは一人で過ごしてきたのだろうか。自分には妹がいた。妹が、自分の心の支えとなってくれた。ルイーズには、そんな支えとなる家族がいないのだ。
それはとても、胸を締め付けるほどに切ない話である。
「いえいえ。あたくしにとっては、過去のことですから。きっと、両親は綺麗なお花畑で、幸せに過ごしていることでしょう。それに、あたくしには家族と呼べる同僚がいますから。今は、父なる主に祈りを捧げる日々を、満喫しておりますのよ」
こうやって、たまに旅に出ることもよい息抜きになるのだと、ルイーズはコロコロと笑った。
まだ十五歳程度の少女が、家族を失ってもなお朗らかに笑っていられる姿は、とても強かに見えた。
この可憐で華奢な、小さな身体には見た目では考えられないほどの強靭な魂が宿っているのだろう。
「お、俺はこの村から出たことがないから、そういう生活とかちょっと考えられないな」
「あら? 先程、車内でお会いしたのは……どこかへ行っていたわけでは?」
「あー……」
グイズは頭をかき、本日のできごとをかいつまんでルイーズへと説明をした。
「なるほど。それは、とてもよい行いをしましたのね」
「まあ、人助けはできたのはよかったけど、仕事で迷惑かけちまったからなぁ」
財布を渡して素早く降りればよかったと、後悔したとグイズは頭をかく。
「けれど、グイズさんがご自身の不利益を顧みず善行をしてくださったことで、こうやってあたくしたちも出会えたのですわ」
「そう考えると、少しだけ自分の間抜けさを褒めてやりたい気分になるな」
ルイーズのフォローにグイズは小さく笑った。
話している間にも、目的地の教会は近づいてくる。たまに出会う村人に、ルイーズの簡単な紹介をするのは、グイズの役目だった。
「グイズさんは、皆さんと仲良しさんですのね」
「小さな村だからな。俺に限らず、顔と名前が一致しないやつはいないと思うぜ」
「なら、あたくしのような観光客はすぐにわかるんですのね」
「その前に、観光客なんてこねぇよ。今は暗くてよくわからねぇだろうけど、明るくなったら……なんもねぇ、じみーな村だってよくわかると思う」
「まあ」
グイズの言いように、クスクスとルイーズは笑う。
「それでも、俺が小さいころまではちょこちょこと客人が来てたらしいけどな、俺の記憶の限りでは観光客が村の内部まで足を踏み入れるのは、初めてだと思うぜ」
今日のように、駅でほんのひと時の休憩を取ることはあっても、本格的に降りる客を見たことがない。
「なんてたって、小さな村だしな。村人なんて、五百人程度じゃねぇの?」
きちんと数えたことはないけれども、そのくらいだとグイズは思う。少なくとも、千人を超えていることはないと思う。
「それにしても、パド神父もあんたを見たらビックリするんじゃねぇかな。こんなに若い女の客が自分を尋ねてきたなんて知ったら」
愛くるしいという言葉は、心の中に留めておく。
相手の容姿を面と向かって褒められるほど、グイズは男を磨いていない。どれほど思っていても、口には出せないのだ。
「それなら、大丈夫ですわ。一応、電信で予めお伺いすることは連絡しておりますので」
「へー」
それなら、ますます、客が来ることを教えてくれていてもよかったのに、とグイズは心の中でごちる。
もしかしたら、自分と妹にはサプライズだったかもしれない。
そう考えたら、割と悪くないサプライズだ。妹だって、喜ぶだろう。村で年少者はそう多くないので、年齢の近い同性は、きっと嬉しいはずだ。
「俺が案内して帰ったら、パド神父も驚くだろうな」
パド神父のふっくらとした顔が、驚きに染まる様を想像して笑う。
グイズは優しいパド神父が大好きだ。親代わりになってくれたことにも、心より感謝している。
「そうですわ」
何かを思い出したかのように、「あ」とルイーズは声を上げた。
「当方の聖員から、パド神父より預からなければならない物があると、お使いも頼まれていますの。指輪を預けているとかで。そのことも連絡をしておりますので、きっと首を長くて待っていますわ」
本当はもっと早い時間に伺う予定だったのだと、表情を曇らせるルイーズにグイズは慌ててフォローを入れる。
「大丈夫だって。パド神父は気が長い人だし。あのルイーズ、やっぱりお荷物……」
チラリと、ルイーズの手にしている大きな荷物と細長い包みを見て、グイズは荷物を持つ旨を伝えた。
荷物を持つと言ったのは、これで二度目だ。
やはり、男の自分が手ぶら同然で女性に荷物を持たせたままというのは、少々心苦しい。
しかし彼女の返答は、一度目と同じものだった。
「見た目より、重くはありませんの。自分の荷物は自分で持つよう、躾けられておりますから。どうぞ、お気にならないでくださいまし」
ゆったりと微笑む彼女に、本気で心臓がタップを踊りだしたかと思った。同時に、自分は見た目にこれほど左右される男だったのかという失望のような苦いものもわずかに感じる。
この少女に何かをねだられたら、多少の無理をしてでも買い与えそうで、怖い。




