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聖なる鎮魂者たちの宴  作者: 缶詰め商店街パンダ支部
第一章 ルイーズ.アンダースワン
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6 旅するシスター


「あんた、シスターだったのか」


「ええ」


 ルイーズと名乗った少女は、神の御許に魂を委ねた存在なのだと自身を語った。どことなく、冒しがたい雰囲気を持つ少女だとは思ったけれど、まさか聖職者だとは思わなかった。


「俺、法衣をまとっていないシスターを見るのは、初めてだよ」


 通常、シスターや神父は法衣と呼ばれる教会が制作している制服をきているものだ。

 とはいっても、シスターを見たのも久しぶりである。

 グイズが小さな頃はパド神父のところに、パド神父よりも年老いたシスターがいたけれども、彼女は天寿を全うしてしまった。


「もちろん、あたくしもお仕事の際はきちんと着ますわよ。けれど、今はプライベートな時間ですから……」


 鈴の鳴るような声音で、ルイーズは言う

 頭に巻いているレースのついたリボンを少し触って、ルイーズは舌先を小さくぺろりと出す。シスターとはいえ、乙女なのでオシャレをしたいということだろう。


 そんなルイーズのお茶目は仕草に、グイズはいちいち反応を示してしまう。心臓を高鳴らせながら、かわいい……と、胸の中で呟く。

 彼女曰く、村に住んでいるパド神父を尋ねて、この村までやってきたまではよかったが、持っていた地図を他の人間に預けていたせいで、難儀をしていたらしい。


 困っていた彼女には悪いが、グイズにとってはラッキー以外の何ものでもなかった。


「この村に、地図なんてあったんだな」


「ずいぶん昔のもののようでしたが」


「しかし、本当になんだってうちの村に? つか、パド神父に?」


 知り合いなのかと、グイズは尋ねる。

 グイズはパド神父とは、浅からぬ縁を持っている。

 パド神父から、ルイーズのように途方もなく愛らしい少女と知り合いであるなんて話は、一度も聞いたことがない。


 無論。


 パド神父のすべてを知っているわけでも、教えて欲しいわけでもないけれども……こういう素敵な出会いの可能性があるのならば、少しくらいは教えて欲しかった……などと、年頃の少年は思う。


「実はあたくしがお世話になっている教会にある、とある本の内容についてパド神父にお尋ねしたいことがございますの」


「本?」


「ええ。うちの聖員(せいいん)とパド神父が、血の繋がりがあるらしく、その関係でパド神父が筆を取られた本を献本として受け取ったのだとか。薬草に関する本なのですが……」


 聖員というのは、教会に籍を置く聖職者を示す。


「ああ」


 なるほどと、グイズは頷く。

 パド神父はとても薬学に詳しい人で、なんでも神父になる前は薬学師を目指していたというとても稀有な経歴の持ち主なのだ。その彼ならば、若い頃にその手の書物を書いていても、不思議ではない。


 グイズもよく、パド神父には薬になる植物や、反対に気をつけなければいけないものなどを教えてもらったものである。


「その本の保存状況が悪く、読めないページがけっこうありますの。他のところで同じ書物を探したのですが、見つけることが敵わず……調べたら、すでに絶版になっているようで。ならば、書いたご本人に、直接原書を見せていただくか、抜けているページの部分に何が書かれていたのかお尋ねできないかと思い、やって参りましたのよ」


「それは……なんとも」


 シスターとは思えぬ、思い切りのよい大胆な行動であるとグイズは舌を巻いた。この可憐な少女が、そんな理由で一人旅に出るなんて……小さな村育ちの自分には、とても理解できそうにない。


 自分がルイーズと同じ立場だったら、たかだか本一冊の為に、そんなことはしないだろう。


「都会の娘というのは、そんなに大胆なのかい?」


 思わずぽろりと尋ねると、ルイーズはキョトンと目を丸めて、小首をかしげた。長い水色の髪が、少女の華奢な肩でさらりと流れる。

 だいぶ下にある銀色の大きな瞳が、少し考えるように自分の顔をジッと見つめているのに、心音が不自然な音を奏で始める。

 どうも、この度が外れた少女の美貌は、心臓に悪い。


「そうですわね。あまりないかもしれません」


 少し考え込んで、ルイーズは首を横にふった。


「けれど、あたくしのところでは、かわいい子には旅をさせろというのが、基本的な教育方針ですの。幸い、あたくしはシスターですから教会がある場所ならば、宿に困ることはありませんし、たいていの人は、シスターに害を与えることには、躊躇いたしますわ。たぶん、一般的な女性よりも、だいぶ安全な状態で、旅ができるのだと思いますの」


 聖職者はどこの教会でも、宿泊所として利用することができる。

 また、確かに彼女の言う通り、シスターに対し不貞を行う輩は滅多にいないだろう。

 聖職者に牙を剥く者には、天国の門は閉ざされ、地獄の業火が罪を苛むのだから。

 だがしかし……


「……そうは言っても、あんた……えっと、ルイーズはその、パッと見た感じは、シスターには見えないんだけれども」


 グイズも本人から告げられるまで、彼女がシスターであるとはわからなかった。これでは、シスターと気づかれずに、いらぬトラブルに巻き込まれる危険もあるのではないかと、他人ごとながら心配になった。

 ルイーズは顔を前に向けて、再び首を横にふる。


「いえいえ。危なそうだなあ~という場所には、きちんと法衣を身に着けていきますので。それにある程度の護身の術は知っておりますので、よほどのことがない限りは、危険を回避することは可能だと思います。それに大抵の皆様は、あたくしがお祈りを捧げ続けると、身を引いてくださいますから」


 祈りを捧げるシスターほど、害を成しにくいものはないだろう。





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