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聖なる鎮魂者たちの宴  作者: 缶詰め商店街パンダ支部
第一章 ルイーズ.アンダースワン
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5 再会する二人


 太陽が沈み始めたころ、本日の仕事を終えたグイズは自宅への帰路についていた。

 駅に着いた途端、大急ぎで工房へと戻ったグイズを親方であるハンスは咎めたものの、事情を話すと、それ以上言を重ねて怒りをぶつけることはなかった。抜けた時間を取り戻すかのごとく、グイズは工房内で汗を流した。


 たっぷりと働いて、疲労感に浸りながら帰路を歩きながら考えるのは、あの少女のことだった。

 未練を振り切るように、駅に着いた瞬間ににげるように降りたグイズには、少女の行先を知る術などない。


 きっと、二度と会うことはできない相手だろうけれども……それでも、そうそう忘れることのできないような可憐な美貌だった。

 日が暮れた道を歩き、いつの間にかグイズは駅舎へと着いていた。

 確かに、自宅は駅舎の方向といえばそうなのだが、それでも意図しなければ、こちらへ向かうことはない。


「……何やってんだか」


 それほどまでに未練があるのかと自嘲し、踵を返そうとしたグイズは視界の端に何やら不審なものを発見して、悲鳴をあげかけた。


「な、なんだ!?」


 駅舎の端の方に、大きな人形のような何かが蹲っている。

 黄昏に染まる世界で、駅舎の影に隠れているその影はやけに不気味に見えた。だが、グイズの声が届いたのか、その影はぴくりと反応を示した。


「あらまあ、先程の親切な方」


 透き通った中に甘さを感じる少女の声が、耳に届く。

 その声に、まさかという思いでその影のところへグイズは足早で近づいた。


「あ、あんた……さっきの……」


 震える指先で示すと、影――妖精のような少女は自らの荷物の上に腰掛けながら、おっとりと微笑んで見せた。


「まあ、再び会えるなんて思いませんでしたわ。先ほどは親切にしていただきまして、ありがとうございます」


 少女は荷物の上から腰を上げると、礼儀正しくぺこりと頭をさげてきた。立って並んでみると、思っていた以上に小さな少女である。

 ようやく十歳になったばかりの妹より、少し大きい程度だろう。

 長い水色の髪は、黄昏を吸収して紅色に染まっている。


「な、何をこんなところで? てゆーか、この村で降りたんだ」


 グイズは高まる胸を押さえつつ、できるだけ平常心を装いながら少女に尋ねる。まさか、彼女がこの駅で降りるなんて、夢にも思わなかったのだ。少しばかり、自分が夢想しているのではないか……などと疑うも、少女から香る甘い匂いが、現実だと教えてくれる。


「え、まさか……あの時間からずっと、ここに?」


「いえいえ、とんでもない。降りたあとはこの辺りを散策していましたの」


「……散策」


 野草程度のものしかないこの一帯を散策したところで、何も楽しいことはなかっただろう。


「それで、村の内部……村の人たちがいらっしゃるところまで行こうとしていたのですが、道がよくわからなくて……結局、ここに戻ってきてしまいましたの」


「あ、ああ。うちの村は、道って道がきちんとできてないからな」


 何せ、村人のほとんどが顔見知りという村である。

 路地がきちんとできていなくても、どこに誰が住んでいて、何があるかなんて、誰もが知っていることだった。


「しかし、珍しいな。うちの村に、よそのとこの人が来るなんて」


「小用がありまして。パド神父をご存じないかしら?」


「パド神父?」


 その名は、この村でも最も有名な人物の一人である。

 品のよい老神父で、村の子供たちにとっては勉学を教えてくれる教師のようなものだった。大人たちとて、パド神父になんでも相談する。


「パド神父のところに用事があるなら、連れて行ってやるよ」


 グイズは笑った。

 パド神父のいる場所というのは、グイズの帰るべき場所と同じなのだ。グイズは十歳の頃に、両親を事故で失くしている。それ以来、パド神父の元に妹ともども引き取られ、教会に住んでいるのである。

 パド神父の好意に甘え続けるのも悪いので、そのうちにお金を貯めたら出て行くつもりであるけれども、当のパド神父に引き止められているので、どうしようかと悩んでもいるところだった。


「あら、ご親切にどうも。本当に、お優しい方ですのね」


 微笑む少女にそう言われて、方便でも悪い気はしない。


「俺は、グイズ。何の用事でうちの村にきたのは知らないけど、ようこそ――カリンス村へ」


 おそらく、グイズが覚えている範囲で初めての村への客である少女に手を差し出すと、戸惑うことなく握り返された。


「あたくしは、ルイーズ・アンダースワンと申します。こちらこそ、よろしくお願いしますわ」


 ほっそりとした柔らかな指先にグイズは、照れたように視線を外す。二人はようやく互いの名前を知る関係になれたのである。



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