4 ルイーズ・アンダースワン
ルイーズ=アンダースワンは、バッグを椅子がわりにちょこんと座りながら、息を吐いた。
その足元には、細長い包みが横たわっている。
さらりと流れる薄水色の髪とワンピースのすそが、石でできた地面についてしまうけれども、ルイーズはさほど気にしてはいないようだった。
「参りましたわ。まさか地図をカナちゃんが持ったままだったなんて……うっかりですわ」
何かの陰謀ですわ……などと低く呟く彼女は、この無人駅についてすでに一時間近く、立ち往生ならぬ座り往生をしていた。
本来、今回の旅は相棒と一緒にくるはずだったのだ。
それなのに、一人で目的地に来なければならなかったのには、少しばかりわけがある。
「そもそもカナちゃんが、あたくしのお給料を隠したりしなければ、よかったんですわ」
当時の怒りを思い出し、ぷぅっと頬を膨らませ、唇を尖らせる。
チェッと舌打ちをしそうになって、レディなのにはしたない……と自分を諌めた。
今回の旅に出る直前、ルイーズたちには定期給金が入った。
その給金を、相棒はルイーズに断りもなくほぼ全額を貯金してしまったのだ。
しかも、下ろすために暗証番号を知らせないまま。
ルイーズの相棒がそんな暴挙に出たのにも、理由はある。
それは彼女の悪癖にあった。
「そりゃ、先月のお給金をすべて通販に使って飢え死にしそうになったのは、アレですけど……お買い物は乙女の生きる活力ですのよ」
ストレスを買い物で解消して何が悪いと、ルイーズは頬を膨らませる。
ルイーズは自他共に認める、通販マニアだった。
一ヶ月に一度発行される無料の通販雑誌をバイブルと呼び、そのすべてのページを(それこそ読者投稿から怪しい道具を売っているページまで)網羅し、それで済めばいいのに、実際に注文までしてしまうのだ。
いつも給金として入る金額のほぼすべてを通販の支払いに使ってしまい、ついに先月はすべてをつぎこんでしまった。
それが自分の保護者を自称する相棒にバレ、逆鱗に触れたわけである。
元々、通販で無駄遣いをしすぎだと口を酸っぱくして注意されていた。
それを無視した結果の通販への、給金全額投入。
相棒はついに制裁へと行動に移し、にこにこと微笑みながら、ルイーズの給金を相棒自身がすべて管理をすることにしたのだ。
そのことが原因で、ルイーズたちは大喧嘩をした。
自分の給金を勝手に弄られて、ルイーズの怒りも当然ながら、それにいたるまでの理由があまりにもあまりだったので、相手も決して折れはしなかった。
結果、二人で来るはずの旅に、ルイーズは相棒を置いて一人で来てしまったのだ。
しかし着いてから気づいたのだが、村での地図を持っているのは相棒だった。地図とはいっても、ずいぶん古いものだとは聞いているけれども、それでもないよりはマシだろう。
誰かに聞こうにも、小さな無人駅に降りたのは自分と、もう一人己よりも少し年上の少年だった。
彼はとても親切な少年で、体調を崩したのかと自分に声をかけてくれた相手である。
しかし、その相手に対し、相棒への怒りが継続していたルイーズは思わずつれない対応をしてしまったこともあり、彼に尋ねることができなかった。今更ながら、短慮であったと反省しきりである。
「ああ、どうしてあたくしってば、こうも人間が未熟なのかしら…」
はふん……と息を大きく吐く。
へそくりと荷物を持って、飛び出したこともそうだし、親切を仇として返してしまったこともそうだ。
ルイーズは足もとに転がっている小石を蹴り飛ばした。
一時間ほど前に、一度駅の外に出てみたのだが、右にも左にも舗装されていない幅広の道が続いているだけで、建物らしきものは確認できなかった。
人口数が少ない村だと聞いていた。村自体も小さなものかと思っていたらどうして、予想の範囲外に広い土地のようだった。
駅舎に地図でもないかと探してみたもの、そんな気の利いたものは置かれていなかった。
それでも、いつかは動かなければ、今夜はこの駅舎で夜を過ごすハメになってしまう。
帰りの乗車賃を考えると、無駄な金銭を使うことはできないけれども、それでもできれば、ベッドで眠りたいところである。
ルイーズは二つの荷物を持つと、駅舎を出ることにした。
無為な時間を嘆いて過ごしていても、仕方がないと割り切るしかないのだ。
駅舎から出たルイーズは、左右を見た。どちらも、特に何かを示すようなものはない。ただ、塗装もされていない剥き出しの地面があるのみである。
「……主よ……限定品という悪魔の誘惑に負けたあたくしを、どうかお許しください……」
苦難の始まりかと、ルイーズは儚げな表情で呟く。
なんというか、幸先が悪いような気がする。
それにこの村は……どうにも……
思考を違うところに持って行きながら、また別のことを考える。
わずかな心地悪さは、長時間揺られていたこともあるだろう。
旅は好きだ。特に、距離が長いほど好ましい。
しかし、ルイーズの肉体はおよそ旅という行為とすこぶる相性が悪かった。
大きな理由として、ルイーズは極端なほどに乗り物に弱い。
機械的な振動を感じると、ルイーズの体内にある器官はすぐに不調を訴える。
船に乗っては縦揺れし、汽車に乗っては横揺れし、飛行船に至っては、運転を開始したと同時に意識がカポーンと飛んでしまう。
その唯一対策として、何かに集中していればやわらげることができるのだと気づいたのは、いつのころだっただろうか。
通常、相棒が同行している場合は相棒としゃべっている場合が多い。会話に集中することで、緩和することができるからだ。
だが、縁の薄い初対面の相手ではダメだ。たとえば、今日話しかけてきた、あの親切な少年のような……
親切は親切として受け入れたいが、ルイーズは初対面の人間に接すると、かなり気後れしてしまう一面があった。
最近、少しは慣れてきたと思っていたのだが……
それでも、生来の人見知りが顔を出してしまった。
無論、苛々が解消されていなかったことも原因の一つではあるけれども。
「……変な感じ」
空気は澄んでいるのに、どことなく居心地が悪い。
ルイーズは首を左右にふって、不可思議な居心地の悪さを振り払うと、テクテクと大荷物を引いて――車輪付きの荷物を引いて、歩き出した。
中央都市で少し前に流行った女性歌手の歌を、何気なく口ずさむ。
ルイーズ以外いない、寂れた無人駅に彼女の歌声は静かに響いて、風に流れた。




