7 村の雑貨屋
「今夜? 別にいいけど」
昼食休みを使い、グイズはカインの元へとやってきていた。カインは見慣れた優しい面差しで、接客をしていた。少し待つと、客は店内からいなくなる。
時間が限られているのでゆっくりというわけにはいかないけれども、時間が許す限りできれば、二人で話していたい。パド神父という絶対的な支えを失ってしまったグイズにとって、カインは幼馴染でもあり、弱みを吐露できる唯一の相手となってしまった。
「リズちゃんは……どう?」
「最初よりはだいぶマシになったけど、まだ……な」
毎日のように赤い目を見る度に、居たたまれなくなる。自分が受けているショックと同じくらいの……幼いことを加味したら、もっと大きなショックを受けているであろう妹の心情を考えると、胸がしめつけられるほどに痛い。
自分も、パド神父の喪失により空いた心の孔を、埋める手段を見つけることができたわけではない。だましだまし、日々を送っているのだ。少しでも油断すると、泣きたい衝動がせりあがってくる。
「俺、なんであの日……すぐに帰ることができなかったんだろう」
あの日。自分の間抜けさを晒すようなことがなく、真っ直ぐに家に帰ることができたら、パド神父の最期を看取ることができたのではないかと、繰り返し思う。
それに、リズを一人にすることはなかっただろうとも。
リズは――一人で、パド神父の遺体を発見したのだ。彼女本人は倒れたショックで記憶が曖昧になっていたけれども、おそらくはそうなのだろうと思う。
命を落としたパド神父を発見したリズは無意識に、グイズに助けを求めて、グイズの寝室にいたのだ。扉が開かなかった理由は説明つかないけれども、教会は全体的に古い建物なので、がたついて扉が開きにくくなっていても、おかしくはない。
特に、ああいう状況で焦っていれば、不用意な力が入って余計に悪化した……のかもしれない。真実はわからないが、今更それはどうでもよかった。
事実として残っているのはパド神父は一人で逝き、幼い妹一人で、その遺体を発見させてしまったという出来事だけなのだ。
「悔やんでも仕方がないことで頭を悩ませるのは、よくないよ……グイズ」
「でも……! だけど……悔いることしか、俺にはできねぇじゃん……」
カインの言いたいことはわかる。
意味のないことだ。無意味なことだ。
それをわかっていても、悔いて自分を責めることでしか、許しが乞えないような気がするのだ。自分があの時、すぐに帰っていれば……と。
何度も、何度も……頭が痛くなるほど、胃が痛くなるほど、考える。
「グイズ……自分を責めたらだめだ」
「…………」
「自分を責めることを、免罪符にしてはだめだ」
カウンター越しに、真摯な蒼の瞳がグイズを見つめる。いつも落ち着いて、優しい瞳が、ほんのわずかにグイズを叱っているように見える。
「パド様が亡くなったことは、哀しい。この村で、パド様の死を悼まない人間なんて、誰一人もいないだろう。それは、ぼくも同じだ」
「……うん」
「グイズや、リズちゃんにとって、パド様がどういった存在か、ぼくはわきまえているつもりだ。ぼくは、君たちのそばにずっといたんだから。ぼくは、誰よりも君たち家族が慈しみあって暮らしていたか、知っている」
カインの手が、伸びてくる。細く長い、だけどしっかりとした男の指が、鍛冶で固くなり始めているグイズの手を慰めるように握りしめる。
「ぼくは、パド様が……どれほど君たち兄妹を愛していたか、知っている」
「……うん……」
鼻の奥がツキンと痛む。唇が震えた。噛みしめると、喉がきゅうっと小さく鳴る。
「パド様は……グイズが、グイズやリズちゃんが悲しんだり、自分を責めて悔やむことを喜びはしない。絶対に、しない」
「…………」
返事はもう、言葉にならなかった。頷くことで、答えを示す。
「大丈夫。君一人でパド様の死を乗り越えろなんて、言わない。ぼくが、そばにいる。グイズには、ぼくがいるよ」
カインの言葉が、純粋に嬉しかった。
相手が年頃の女の子ならばもっとよかったのに……などという、無粋なことは考えない。
カインは長年連れ添った大事な幼馴染として、優しい言葉をかえてくれているのだ。
「……カイン……」
物心がついた時から一緒にいる幼馴染は、しっかりと微笑んだ。
小さいころは自分の後ろから着いてくるばかりだった気弱な少年が、いつの間に、こんなに成長したのだろう。自分が背が伸び、身体が大人に近づいているのと同じように、カインもまた、大人へと近づいているのだと、今更ながら思う。
「すまねえ……カイン。情けねえ面、見せちまったな」
「構わないよ。男だって、弱音を吐き出した時はあるさ。特に、こんな時は男でも弱音を吐いていって……神様だって、言ってるよ」
最後は冗談めかしく言ってくれたカインにグイズは笑い、目と鼻をあいている手で豪快に拭く。いつまでもメソメソしていては、仕事に戻った時にハンスにばれてしまう。




